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気持ちの持ちようで、物事は変わる。

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  自分のいいところ、悪いところを考える。 いいところは中々いい。 悪いところは、 決定的に悪いように感じる。 一人で暮らして、想像してみると、 できそうな気がする。その悪いところを直すこと。 ただ、現実では苦しむのだろう、それをできないことに。 生活があって、今は仕事はないけれど、 ああ、幸せだなって、生きたいものである。 馬鹿っぽいところは少しだが直った。しかし、あたふたするところのあほっぽさは、健在だ。人にあたるということも、自分の悪いところが分かる、というより感じることができるので必要なことでもあるのだろう。精神的な成長は無職の間に幾らかあったような気がする。こういうことって、失礼なのだなと感じることもできた。社会的なマナーを少し意識することができるようになったのではないか。考えだしたら悶々とする。 夜に釣りに出かけるようになって、ボウズ続きだが何時かは釣れそうな気がする。車で移動して場所を見つけてやってみている。 ただ、心が釣りに向くと小説とかなんか書けんな、と思っている。今日も取り組もうとしたが、ま、いいか、と思って書いていない。アイデアを出して少し書いていたのだが、いまいちだなと思っていて余計に書かないでいる。でも、もう少しやってみようとは思っている。釣りは基本週に2回と決めたし頻度は高くない。小説にも心を注ごうではないか。 もうこんな時間だ。今日は夕食の料理にもある程度時間をあてようと思っていたが18時半近く。ブログを書いている。 今日の夕食はブロッコリーのポタージュとふわ玉のエビチリだ。ご飯を炊くのを忘れていた。エビはてんぷら粉で揚げる。がっつり行くときは、小麦粉と玉子で衣を作りたいが。 でも、そこまでは時間と労力を使わないか。 だらだらしてしまって、料理するまでに時間をかけるのはやめよう。

とりくみ。

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  カーテンにあたる陽の明るさ。 風に揺れる影の模様。 朝を知り、 汗、うなじに湿る。 今日を送るために、心に準備を促して。 そろそろ髪を切りに行きたい。暫くは、2か月に1回の頻度で髪を切りに行くことが殆どだ。今はその習慣が心地よい。3か月になったらどんな感じになるのだろうか。髪のうっとうしさに耐えられないかもなと思う。 後頭部上付近が髪の分け目がぱっくり開いていて、禿ではないが、禿と言えば禿とも言える状態になっていて美容室の人にはその部分は髪をそんなに切らないで欲しい、とリクエストしている。上手に切ってくれるんだよな。 秋は1週間に2回は釣りに出かけるようにしてみようかと、考えている。陽が沈んだ夜に。夜はだらだら寝っ転びながらスマホを見ていることが多く、それよりは釣りに行く方がいいかなと思うな。 だらだらするのも好きなので釣りに結局出かけないことがないように、ここに書いておく。1週間に2回は釣りに出かける。 自宅でギターを練習する時にエレキギターにVOX の直で繋ぐヘッドフォンを使っているのだが、その前に少しの時間、アコースティックギターを弾いてテンションを上げるようにしている。やっぱりある程度大きな音で弾くと気持ちがいい。理論的なことは殆ど分からずなまま練習している。本を読んでやってみようとするが、すぐに挫折している。 何度も言うが、二重作さんのイメージのことや間違えたままで終わらない、ずっとミスのままなら時間を置いてまたやってみることなどは続けている。 イメージは最初の運指の練習の時は押さえている場所はどこかを目を瞑って、押さえているところに丸がついているようなイメージで、結局丸だけではなくてそこの押さえている感覚を意識して、でもなるべく丸がついているようなそれで練習している。押さえているところを感じているというイメージ。ずっとやっているのだが、未だに完全ではなくしかし、それをやっていると他のスケールを弾いている時に意識すると弾いている場所のイメージが現れることが多くなってきている。憶えているスケールの中ではだが。 ミスして終わらないでは、ずっとミスが当たり前でやってきていたので今もミスがあるのだが、これらの練習方法で始めてどれくらい経つのだったか、大分ミスは減ってきた。 暫く練習しているフレーズなどで何度もミスをしてしまう場合は、14秒から20秒とか...

夏は好きだが、秋が訪れて、ほっとする気持ちが心に現れる。

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  陽ざしの強さはまだあるが、 自宅にいて窓を開けると、風がよく通る。 休みの多い、休みが殆どのこの生活に感謝して紅茶を入れる。 人恋しくなる時もあるが、心が安定している時は、 煩わしさがなくて楽だと思っている。 でも、変わった方がいいのだろう、とも思っている。 その方が、自然だと。 私は働いた経験は、一般の人より年数が少ない。福祉の仕事も4つの施設を転々としている。それぞれの仕事で楽しいこともあったし、苦しいこともあった。そして、無職になってその間にも色々を経験した。結構濃い経験だなと思っている。 さあ、そこでもし、この今から解き放たれたとしたら、人とまともに話すことができるのだろうか。最初は自分の声の裏返りとか、分かりやすい反応をするとか、自尊心が傷つく予感がしている。そこを乗り越えないといけないのだろうな、もし状況が変化したら。 だから、そういうことになれるために、早く変わって欲しいと思う。今はかなり楽なのだけれど、冬に布団に包まって出たくない気持ちに似ていて、安穏(あんのん)と引きこもって、楽だなーとずっと生きていたら身体壊すよ、のようなことを感じる。 9月は下旬に入り、そのうち私の誕生日がやってくる。銀行のお金は減る一方で、暮らしで節約をそんなにしていなく。贅沢もそこまではしていない。最近、外食が多いなとは思うが。 誕生日はデパ地下で牛、豚、鶏のブランドものを適量買って焼き肉をするつもりだ。これは、必須と決めておく。井上屋でワインも買っておこう。 さあ、今日はきちゃない部屋を頑張って掃除をする。音楽を聴きながら。

秋の時間

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  静かに静かなる。 心臓が打つ音。 そっと聞いている。 欹(そばだ)てて。 そっと、そうしないと私の音、きみかたの音も。 生きているか、確認したい。 耳を傾けて。 気づかれないように。 (今、本を読んでいなくて、昨日はジムに行って運動をして少しの時間小説のことを考えて、ギターの練習をしたのだけれど寝る前に、何かなにもしなかった感じがするなー、と思って。英語もまだ車で英会話をたまに聞いたり、動画でたまたま出た英語を聞くくらいで。負荷がかかっていないというのを、感じる。楽なのは楽なのであるけれど、小説を書き終えたらまた始めたいなと思っている。小説は気を入れて書きたい。心が入っていないと今の段階で思う。 昨日、スーパーで牛肉が安かった。商品の時間が経ったからの値引きではなくて、セールの日のようだった。4パック買ったよね。ももの薄切り何て1パック398円だったよね。国産だし。 秋も緩く行くが、身にはなるように。)

私の頃には。

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  こんなこといい。 できたらいい。 やりたいことは、いっぱいあるけれど。 空を自由に飛ぶ鳥のように、 その空を見上げて、 できるといい。 ぼけぼけしている。夜も眠れず若干いらちしている。 掌編小説をアイデアを出して、流れを作り始めているのだがいつもと違う感じだ。いける、という自信が湧いてこない。アイデアを出している時間は気持ちを出すことができたのだが、それを拾っていって流れを書いてみると自分にとってはテーマが軽くないのかもしれない。そして自信がない。稚拙なものになる気がする。 今日は夜にでも釣りに行こうかと思っている。アジでも釣れたらな。 もう十分秋に入っている。生活を整えて、読書の秋、食欲の秋(料理を頑張るとか。)、運動の秋(今しているマイペースの週2の軽い運動を続ける。)、釣りの秋にしようかな。 秋の生活、なんとかなれ~。

日々生きて。

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  ぼけぼけしている。前に向いて動き出そうとはしているが、こんな感じなのだなと今を思い動こうとはしているからいいか、と考えるようにしている。 絵を描けるようにと思っていたが、これは本当にそんな気分になった時に描くだけにしよう、と思った。ものにしよう、という考えはやめた。 今日いつもより早く起きてテレビをつけると、NHK 俳句の番組をやっていてプレバトについて、どうのこうのとテレビの前で言ってる私だが、NHK 俳句選書句のレベルの高さに結構驚いた。どうやって感じたらいいのか、も迷う句があって、分かりやすくノスタルジックな句は(もちろんレベルが高い。)あ、ノスタルジックだと感じることができたのだが、頭がフリーズしてしまったな。何と言えばいいのだろうか、と。 あと1か月もしないくらい経つと誕生日がやってくる。今回はマジでデパ地下でいい肉を買って焼き肉にして食べようかと目論んでいる。ちょっと贅沢だな、と思ったら直前でやめるかも。まだ、どこか引け目がある。飲みに行くのは、行くといいながらずっと行っていない。引け目というよりは、家で飲んで食べた方が落ち着くと思うようになっていたので。 今日の夕食は何にしようか。昨日は午前にモスバーガーへ行き朝モスを食べて、小説のことを考えて、もやもやして、何かなーと思って今治までドライブへ行き帰りにアイビーに行きカレーを食べた。夕食はさすがに日中食べ過ぎた、と思ったので野菜をフライパンでオリーブ油と水を入れて蒸すホットサラダを作りドレッシングをかけて食べた。トマト、オクラ、ニラの花、玉ねぎ。ホットサラダはアプリの作り方。その野菜を食べるだけで、夕食は十分お腹いっぱいになり満足をした。今日の夕食もたっぷりめの野菜のホットサラダでいいかなと思っている。 悩んだ時によくアイビーに行ってしまう。 今日の昼食はいつもの食堂で親子丼を食す。 ところで、作業をしていた時に朝モスが比較的に安いのでよく行っていたのだが、近くのモスバーガーの開店時間が朝10時で、なのでもうちょっと車を走らせた場所にあるモスバーガーが9時から開いているので、早めに行きたい時はそっちに行っていたのだが。久しぶりに近くのモスバーガーへ行くと開店時間が朝9時になっていて、閉店時間が深夜の0時になって。え、これ自分影響していないだろうな~、とまあまあ思って。そこのモスバーガーの店長...

生きている間に感じること。世界では苦しみばかり感じている人もいる。本気でそこに携わっている人もいる。偉いな、と心から思う。

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  私の声は大きい。 一時に燃えた憎しみや怒り、 そのようなことも声に出して。 初めて私の心が恐怖を感じた時、 あんな自分がいたんだと、今も思う。(変換で、痛んだと、それもありだな。) あの時、ひょっとして私は自分に嘘を付いて、 生きていたのだろうか。 そんなこともなく、私は私で、 あの19歳の電車を待っていた私は、 弱いけれど優しかった。 言葉にすると、あまり変わっていないかと思うことにして。 自分で優しい、と言う。 (優しいのは優しいけれど、変えて行こ。) (2週間とちょっと大したことをせずに久しぶりに何かを、小説のことだがただ考えていて、考えを出していてその時間が気持ち良かった。いつかに、父親にそうやってぶじぶじ考えるのがお前なんだ(や)、と言われて昔からそうだったなと思っている。 何でもないことを、考えながら歩くことは少なくなった。カメラを持って歩いているからだろうか。ぶじぶじ考えるのは家でやっているのでそれでいい。 私みたいな人間は組織に属さない方がいい、と思う。私は声が大きくそれを聞いた人間の中には怒りや気に入らないを感じる人間もいるだろう。多分、そういうことだ。問題は。 お父さんは心配性みたいな生き方というか、漫画のお父さんの感じ忘れてしまったが、気合入った生き方できなかったな。今からも変わっていくだろうが、基本はただの心配性のそれだろうな。 今日は夜に近くなって、カメラを持って歩いたが大分昔に夜に写真を撮りながら歩いていると、私服警官に呼び止められて職質をされた。写真を見せると、それはいいけれど自分の安全のためにもならない、と言われて夜に写真を撮るのをやめた。今日はまだ明るみがあった。昔は公園の灯りや、バス停の灯りを撮ったりしていたかな。 これはいかん、と思った時は苦しんだが、今日は小説のことを考えていると気持ちが良かった。暫く楽しんで行こう。小説の出来は置いておこう。できるものにしよう。)