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春の日常、生活。

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  酷かったアトピー性皮膚炎の、 遺恨がのこり、 小さなストレスを感じると身体を搔いてしまう。 顔にアレルギーが出ると、その日眠る前に、比較的軽いステロイドを塗る。 そうやって、少しずつ抑えていくと医師は言う。 少しずつ変わっている。 酷かったアトピーが、少しずつ良くなっている。 肌が良くなってくると、 勇気が出てきたので、考える猫のネックレスを最近よく身につけている。 岩合光昭さんの写真展で購入した銀の考える猫なのだ。 少しまえから私の一時的なブームというか、パセリっていいよな、思っていて。今、冷蔵庫にあるのはコープの生産者コーナーで買ったもので、通常で売っているものより柔らかく色が若々しく緑であり香りもちゃんとする。今度見つけたら、また買おうと思っている。 最近食べ過ぎているようで、それに準じて太っている。少しずつの減量を心がけることにして、一時期よりは痩せて、83㎏の体重で、前より2㎏痩せている。今年中に80㎏を目指している。 文房具屋さんにちらっと行って、何か買いたいと思うが使わないだろうなー、と考え、でもノートは結構使うので、ある程度溜まってしまっても少しずつ使うことを心がければ、確かに無駄にはならない。なので、ちょっといい、高めのノートを買うこともある。常識程度の。私はリングのノートが好きで、くるっと折りたためるし、ずっと使っているとページがはがれることもまずない。 ただ、ほぼ日のノートはそう言っているように、何となく見やすい。それと、ストレスのない程度に横線の間に、なんて言うのか区切りがあってショートネコステを書く時なんかは、その区切りを見ながら漫画の囲いを手書きで作ることができる。字を書くにも、これもなんて言えばいいかここまで書いた、とか大げさに言えば文のリズムも確認できるというか。うむ。リングのほぼ日ノートがあれば買いたいが、しかしそうではないのが、ほぼ日ノートの味なのだろう、かな。昔ながらでありつつ、なのか。 図書館に本を返しに行かねばならない。今回は返却して、いつもなら小説と詩集を借りるのだが、普段の読む本が進捗状況が芳しくないので、詩集だけにしよう。ほんとに、これ読みたいな、という本に手を付けていないのだ。今読んでいる本があるからだが、やっべ、これ読んでおきたいなという本を見えるところにおいておくと、アピーリングしてくるので、一人で焦...

回想

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  特殊に生活をして、十年目の春。 苦しみは、 哀しみは、 血が流れて、身体となったと、 自分に語りかけている。 人と会わないことがこんなにも、 楽なのは、いいことなのだろうか。 それでも、祝福の知らせを 待っていて。 華やかなものではなくていい。 ただ、昔。 ああ、良かった、と言えたらいいねと。 そう言ってもらえたように。 人と会わないのは、苦しくなることもあるのですが、会わないのが現状の私としては楽です。あの人どうしているかなー、と思うこともあります。親切にしてくれた人たち。

大人のための超基礎ギターについての見解。③

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  ややこしくなりそうですが、ここくらいで最後にしておこうと思います。 それぞれのメジャースケールがあります。そのメジャースケールの最初の音、主音になる番号は1となり、ルート、R、と表記されることが多いです。 そして、それぞれのメジャースケールを番号で表すようになります。ルートが変わっても、番号の音の幅の関係は変わりません。D メジャースケールになっても、3番目,4番目の音幅は半音。7番目、8(1番目、ルート)番目も半音の関係。 他のメジャースケールでも同じ。 基本的なこととして、Am やDm などのコードは3番目の音が半音、ギターで示すなら1フレット下がるコードになります。m3(短3度)になります。 そして、3から、全音、2フレットさがるとadd9 になります。9をadd (加える)という意味ですね。2番目の音です。 そして、セブンスでは、1,ルートから半音下がる、ギターなら1フレット下がる音をメジャーセブンス、M7 と記します。そして、ルートから全音下がる、ギターで2フレット下がるとセブンス、7,の表記になります。 sus4 は3度と4度の間が半音なので、3度から半音、1フレット上がるとsus4 となります。 基本的なD のコードD フォームがあります。構成はA フォーム、E フォームと同じ押さえている真ん中がルート、下が3番目の音、上が5番目の音です。1度、3度、5度ですね。 すると、押さえている下(3度)を半音下げると、Dm になります。じゃあ、さらに半音、押さえているところからだと、全音下げると、add9 になります。 sus4 は4度。3度、4度の幅の関係は半音。下の3度を半音、1フレット上げると、sus4 となります。 D フォームでルート真ん中1番目の音から半音、1フレット下がると、DM7 全音2フレット下がるとD7となります。 そして、そういうことから組み合わせていくのですね。 押さえている下を半音下げて、真ん中を全音下げて押さえると、Dm7 になります。 押さえている関係は真ん中1番目、ルート 下が3番目 上が5番目。そこから考えて組み合わせて行くのです。 DM7sus4 などは一般的には出ないことも多いかもしれませんが、成立はしています。 書くのを忘れましたが、DmM7 何かもそうです。下を半音下げて、真ん中も半音下げる。1フレットずつ...

慈しみ。

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  デパートでおにぎり二個を食し、本を読む。 帰りを歩み、口元が食べ足らずと訴える。 コンビニで揚げ物を買って、商店街の外れの休憩所へ。 椅子には先客。立って揚げ物と飲み物を口にする。 すると視線を感じる。 それを見上げる。 すべり台の頂きにいる小さな女の子、 にこっと、嬉しそうに笑いかけてすべりおりる。 恋じゃないだろうか、と思った。 プラトニック。

今日を過ごす。

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  人それぞれの思い、生活。 憂いはあっても、優しく時を過ごして。 あの時のこと、あんなこと。 人の声。 あたたかなこと、気配。 時が動いている。 お腹が空いた、と思ったら、 健康に生きている。 そんなように。 今日は特にゆっくり過ごす。作業をしない日と思ったら、することそんなにねえな、と最初は思ったが、軽く掃除をして買い物をして、静かな音楽を聴いているとこんな日があってもいいな、と思った。朝はモスバーガーでモーニングを食べる。モーニングの新しいメニューがあったので、それを頼む。コーヒー付きで590円ですの。 ただ、頻度が高くなると少しだけ贅沢か、と思うのでApe をもう少し利用しようかな、と思っている。春に長旅に行く奴がそんな言うことでもないが。でも、旅は死守したい。 洗面所で歯磨きをした後なるべく鏡を見て、にかっと笑うようにしている。気持ちを込めて笑うと嬉しい気持ちが現れて、うひょーっという感になる。 漢方の黄連解毒湯(おうれんげどくとう)を使用して、今は桂枝茯苓丸(けいしぶくりょうがん)を使用している。AI は黄連解毒湯から桂枝茯苓丸の流れはいいと思います、と言っていた。もともと、黄連解毒湯について聞いていてAI が選択として示してくれた漢方だ。滞った血を巡らしてくれるらしい。 真面目に過ごしているからか、面白い気持ちにならない。この期間はこの期間で過ごしていこう、と思っている。何か面白い気持ちになりたいけれど。 今日は最初は面白いことないかなー、と思っていたけれど静かに過ごすことが気持ちよくて、それはそれで幸せであるなと思った。

高校生以来、鍋焼きうどんのことりに行ったことがない。にぼしの出汁の効いた、というその時の印象だ。

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  身体が軽く疲れがないので、ウオーキングをする。高島屋の余白の場所で、1時間ほど本を読み、デパ地下で買ったおにぎりを食す。マイペースで本は読んでいこう。買った本を集めて実際に積み上げて行こうかとも考える。こんないい本読んでいなかった、とかあるかもな。レシピ本と同じで。 昔、小さい頃キン肉マン消しゴムを集めて、集めるだけ集めて使って遊んでいない、と母親に言われたことがある。ただ、集めるだけで。そう言われたことが今も印象に残っている。 明日は通常の作業をする。4月5日までだっけか三津のerimaki_cat に写真展に行きたいものだ。そのうち行こう。

自転車のギアも交換したい。

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  久しぶりにウォーキングをしてきた。図書館に本を返して、そしてまた借りて。高島屋でおにぎりを食して。借りた本は萩原朔太郎さんの詩集と三浦綾子さんの小説である。三浦綾子さんの氷点も読んだことがないので、確か実家にあったんでないかな、読んでみようと思っている。かなり昔にある人が貸してくれた三浦綾子さんの本にイエス・キリストはカナン人だったかもしれないと書いてあったのを憶えていて、かもしれないくらいなのだろうかと思うようにしている。何ていう題名の本か忘れてもう一度読んでみたいと思う。自分の拙い説明であると、イスラエルの民がモーセの先導により、エジプトの奴隷生活から逃れ、難民生活にいたのだが約束の地カナンに攻め込もうということになり、そこの偵察に行くと10人の人はカナン人は大きくとても勝てないというところ、ヨシアとカレブは行けまっせ、と言ってこの二人は約束の地に入れたという話があり、結局この二人はイスラエルの民をカナンの地に導いたのだよな。そのうち、神様はいけないと言っていた、カナン人との混血が産まれたり、人種が入り乱れていたようで。通常ではイエス様はユダヤ人ということになっているはずだ。ユダヤ人はイスラエルの民のことで、その中から救世主が現れると旧約聖書では預言されていた。ユダヤ人であるイエス様はユダヤ人によって、十字架に架けられたということになるが、カナン人だったかもしれない、という昔読んだ話だ。 自分のキリスト信仰は昔のようなものではないかもしれないが、亡くなった牧師さんが言っていた、イエス・キリストがこの世に現れた以上、神様がキリストを世に送り出してくれたのだと思っている、というのが私にはぴたっときている。イエス様にユダヤ人は強いキリスト像を期待していたが、イエス様は嫌われている罪人たちと食事を共にして、批判され、医者を必要とするのは丈夫な者ではなく、病人です。わたしは正しい人を招くためではなく、罪人を招くために来たのです。と言うのだな。その時代ローマの支配下にあった、ユダヤ人は強い軍事力を持つキリストを期待していた。しかし、イエス様は柔和な存在としてのキリストだった。結構、厳しいことも言うのだが。 捉えきれない本当に大きな存在としての神様。私はクリスチャンなのでイエス様を通して、それを少しでも知って行こうということになる。あるんだろうな、と強くではないが...