生きている間に感じること。世界では苦しみばかり感じている人もいる。本気でそこに携わっている人もいる。偉いな、と心から思う。
私の声は大きい。 一時に燃えた憎しみや怒り、 そのようなことも声に出して。 初めて私の心が恐怖を感じた時、 あんな自分がいたんだと、今も思う。(変換で、痛んだと、それもありだな。) あの時、ひょっとして私は自分に嘘を付いて、 生きていたのだろうか。 そんなこともなく、私は私で、 あの19歳の電車を待っていた私は、 弱いけれど優しかった。 言葉にすると、あまり変わっていないかと思うことにして。 自分で優しい、と言う。 (優しいのは優しいけれど、変えて行こ。) (2週間とちょっと大したことをせずに久しぶりに何かを、小説のことだがただ考えていて、考えを出していてその時間が気持ち良かった。いつかに、父親にそうやってぶじぶじ考えるのがお前なんだ(や)、と言われて昔からそうだったなと思っている。 何でもないことを、考えながら歩くことは少なくなった。カメラを持って歩いているからだろうか。ぶじぶじ考えるのは家でやっているのでそれでいい。 私みたいな人間は組織に属さない方がいい、と思う。私は声が大きくそれを聞いた人間の中には怒りや気に入らないを感じる人間もいるだろう。多分、そういうことだ。問題は。 お父さんは心配性みたいな生き方というか、漫画のお父さんの感じ忘れてしまったが、気合入った生き方できなかったな。今からも変わっていくだろうが、基本は心配性のそれだろうな。 今日は夜に近くなって、カメラを持って歩いたが大分昔に夜に写真を撮りながら歩いていると、私服警官に呼び止められて職質をされた。写真を見せると、それはいいけれど自分の安全のためにもならない、と言われて夜に写真を撮るのをやめた。今日はまだ明るみがあった。昔は公園の灯りや、バス停の灯りを撮ったりしていたかな。 これはいかん、と思った時は苦しんだが、今日は小説のことを考えていると気持ちが良かった。暫く楽しんで行こう。小説の出来は置いておこう。できるものにしよう。)