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喉元通り過ぎれば。

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  自分の嫌なところが出た時に、そうだったこれだったと思った。 前向きな思いでは、小説を読んでいる人を見かけるという話いいな、と思った。  少し前に色々なタイプの小説があるのだなと思い出し、今自分が持っている小説のイメージはどのようなものだろう、とも考えることもあった。 プレイヤーであることから面白みが増し、過去によく小説を読んでいた時の雰囲気がまだ思い起こせるからそういえばそうだったな、と思うこともある。あの記憶好きだ。 自分を省みようと思って、時間を作ったら寝てばかりいた。そういう変わらないところもある程度は好きだ。明日からちゃんとしよう、と気合が入り始めているところも安心だ。 自分を省みるとして、あの過去の自分からしたらよくやったな、というそれが出てくるくらいだな。 清らかには生きられないだろうが、良かったなー、楽しかったなーという生き方がしたい。今考えると、忘れるようにすることがあるとしても、ここ10年暫くもなかなか楽しかった。その前の日々も楽しかったか。

幸せって、なんだっけ。十分な幸せ。今もそうだが。知らなかった幸せになれば。

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  何もしていない。自分を省みようとしていたら、寝てばかりいた。自分の生活はよくやった。大切なことは無神経。小さなストレスが不安になったり。 これからを具体的には想像できない。妄想はできるが子供に未来を感じさせて、行こうか、みたいに。それができるか分からないが、そんな甘くねえんだ。人、で失敗してきた私でもあり。 気分を変えに出かけて、スターバックスでコーヒーを飲んで綺麗な詩が読みたいな、と思った。心に染みわたるのがいいね。 自分はこんなもんだろうけれど、心清く生きられたらなー、という思いはある。気持ち良くね。生きてて良かったなー、という気持ち良さを味わえたら。 日々を生きられること。楽だな、と思う。 前へ向くのもいいが、何もしないのもそれはそれでいい。ひょっとしたら、だが見えていないものが見えるのかもしれない。 また、前へ進むつもりだけれど。 そこで浮かぶのは、やはり大切なこと。人生の道を前へ進まないといけない。私だけでなく相手もだろう。いつか、始めないといけないのだ。大切な気持ちを少なくとも私は持って。いや、相手もある程度は持っていると心において。 今も結構幸せだが、自分だけではなく大切なことを幸せにしていくべきだろう。人生の新たな幸せ。まだ行き着いていないが、どんな幸せになるのやろ。幸せを信じて。幸せにならんとな。

フランクとファジー。

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  週に幾日か、自分に課していることをやっていると気分は前へ向いている気がする。だけれど、今はその気がしているだけではいけないのだろうと気づき始めている。安心なんだよね、何かできているぞ、と思うと。 10年の間に、よくやったんじゃないか、ということは思い付きのことをやったこと、なんぼぞかある。ある評価ではたまたま自分のことか、と思っているだけのことだけれど、なんだっけな、IQ 的だったかちょっとちがうけれど、それは普通。人間的には、少し賢い。というあの方の投稿にたまたま出会っただけだが、自分のこととして捉えることにしている。♫。 やってしまったんだなということは、ごめん、というしかない。どんな未来が待っているかは、本当に知ることはできないけれど、傷つくっていう感じはっと痛むこと。少しは知った。自分は男だから、ひょひょ~いと生きられる性質を持っている。自分だから、かも知れないが。 日本酒を一杯やっているんだよな。 酔いに任してはいけないが。時間がとにかく経った。自分のことになるが、その間生き抜いてきた、というイメージだ。 どんなことなんだろうな。これから何をして、すげえ美味しいステーキ店に行って、すげえ美味しい寿司屋に行って、うほほーい、というのもなくはないプランだが、多分違う。ちょっと行ってみたいけれど。 幸せが何か、共に見つけることができたなら。幸せが見つけられたら。自分は大分練られたが、不備もあるだろう。でも、自分ができる限りに、ファジーに大切に、なるべく心がけたい。

心の灯り

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  自分の暮らしがあって、あとどれくらい持つことか。 日々が平和で、ただ、目標をひと時失うと虚しさが滲む。 苦しみを通過して、平和に生きると、 悪くはなかったと思う。もちろん、今があるからだが。 憎しみや、そういうものはまだ心にあって、 時々、現れる。 これから、どんな風に行きたいのか。 何を大切にできるのか。 人生とは危ういもので、今からでも取り返しのつかないことをする可能性はある。それを肝に銘じて、でも勇気を持って生きたいものである。 今、机の前に貼っているはがきを見て。色々あるのが人生。色々あるからおもしろいんですよ。楽しい夢をふくらませていたら、その方向になっていくから不思議です。とあった。 小学校の先生のはがきだ。私は先生に失礼なことをしたという思いがあって。つなぎ留めたい気持ちもあって。(でも、失礼なことをしたから、避けようかと。)よくそういうせこい失敗をする。でも、この言葉に感謝したい。そういうせこい失敗をなるべくしないようにしたい。しかし、よくやるんだよな。 年賀状にある恩師のお子さんがどんどんと大きくなっていく。時が経っている。真正面に貼っているばあちゃんの写真は、私のばあちゃんのイメージのままだ。亡くなる前も私のことを心配していたと聞く。私が大学を中退したころだ。若いと色々あるもんだ。年を取ってもだろうけれど。 今年の10月で48歳になる。まじか。考え方も少しは変わったし、色々も経験した。ちょっと人が良すぎるかもなとは思う。そこは変えた方がいいところだ。 信念みたいなものは、はっきりは持っていないが子供や若者については傷つくことも腹立つこともあるだろうけれど、できることをしよう、という思いだ。理想のように上手くはいかないだろうけれど。何かいいことがあった方がよい。生きる上で。少しだってもよいから。

陽ざし。

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  自宅で窓を開けて椅子に座っていて、 風が通って気持ちがよい。 外を歩くと、陽ざしがそれなりに強く、 我慢できるくらいだが。 陽に当たっていると、長袖をしていても、 腕が浅黒くなり始めて、冬の間薄くなっていた腕の毛が 濃くなってきている。 眼が紫外線を受けて、メラニンが発生するそうだ。 そんな季節がやって来ている。 自宅からカメラを携えて歩くコースが今思い出す限り、5つ分かれてある。今日は比較的に住宅街を歩くコース。いつかの最初にここ行ってみようと思って行くようになって、こんなところを行って、いい取れ高はあるだろうかと思っていたのだが、これまでに結構いい写真を何枚か撮れている。ずっと聞いてきたことで、写真は光だと最近特に撮りながら頭で思っている。頭以外で思うのかと思うが。頭で思っていると書いて。 行きに住宅街を歩いて丁度いい真上に燕が飛んできて、ぼっとしていたので撮れなかった。あれは撮りたかった。帰りに燕の声はしているのだが、真上をかっこよく飛んではくれなかった。燕は季節もんだ。 今日の夕食は実家で貰ってきた大根で、ふろふき大根と大根葉でドライカレーを作る。チキンナゲットを作るか、と思っていたが大根葉が新鮮なうちに使おうと。 帰りの道で小さな小学生の女の子が、多分小さな声でこんにちは、と言ってくれたはずだ。燕を気にしていたし、声も多分小さかったので、どうなのだろうと返事を迷ってしまった。でも、あいさつは好きだ。こんにちは。 いつかに車でスーパーに出かけた途中、どうやらバレエ教室があるようで本当に小さな女の子が教室のその帰りに信号を待っていて、待っている間ずっと行きますよ、と姿勢を構えていたのがとてもかわいかった。ぐっとポーズを構えていた。 今日の買い物の帰りに自宅の駐車場に入ろうとする時に、お母さんと赤ちゃん、小学生の女の子が園の車を待っていたのかな、立っていて私はクラクションを鳴らせばいいのに、ひたすらすんませんの手の動きをしてへこへこしていたのだが。ほんとは多分気づいていたのではないかと思うが動かなくて。小学生の女の子が私のへこへこに反応してくれて、車が来た、と私の車を指さしてお母さんに知らせてくれた。その感じが子どもらしくてかわいかった。 顔にカバーをしていても、釣りで陽に当たっていると若干顔の肌がひりひりするかなくらい、する。丈夫な肌になりますよう...

陽に当たると暑さも感じるが、今のところ今日の家の中は涼しい。

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  生きているなら休むことも、大切だ。 ゆっくり栄養を溜めて、 焦らずに。 でも、良い言葉を一つその中で、 繰り返し想起するのも良いのではないだろうか。 その言葉に縋って、 また始める時に、何となく示されていく。 そんなことが、あればいい。 朝起きられるようになっている。睡眠時間は6時間くらいで私としてはちょっと短いが、頭がしゃっきりしている。朝、起きていたいね。 やる気があると、料理もちゃんと作るし掃除もある程度はする。気持ちも重たくない。春には乱れたな。 色々な人が言うけれど、言葉って面白いと感じる。何となく感じていたことを言葉にしてその言葉に力が生じることがある。その短い言葉に意味が見いだせられる。意味は自分が感じていること、自分の中に備えられていること。 文章について伝えることができるよう、準備をしておくことを最近していない。少しの時間でいいから、またできますように。 時間は沢山あるが自分の容量が定まっていて、そこを超えるはしんどい。意識は向いている、作業をすることに。ただ、もうちょっと遊ぼうかなとも思う。お金のかからない遊びを。松山市内の面白いところを探すなど。 汁物のたっぷりめに入る器を買おうかと考えている。そこはお金使ってしまおうかと。 しかしながら、家計簿をつけて行くと、お金がどんどん消費されているのに気づく。必要な物を買ってはいるのだが、夏対策のアースの吊るす蚊よけのやつ3つとか。むむ。 朝に読書や作業をするのに喫茶店などを利用するのは、二度寝をしてしまいそうな私には必要な習慣である。だいたい、Ape が350円、モスバーガーが540円、最近行っていないが、コメダ珈琲が620円くらいだったかな、くらいする。 詐欺にあってから、Ape を利用することが多くなり始めている。でも、気にし過ぎずにその時行きたいと思った場所にいこう。 水野仁輔さんのレシピでスパイスカレーを作ったが美味しかった。マーマレードを隠し味に使うし、日本人向けに改良しているのだろうか。ルーを使ったカレーも美味しいが、スパイスカレー美味しいなと思っている。レシピにもよるだろうけれど。よくスパイスカレーを作っていた時は、ちょっと臭いなと感じるレシピもあった。 今日はなにもしない日だ、特に予定はない。洗濯物は一気にしてしまおう。

どりんく。

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・どこかに書いたことがあるが、可能性の一つに料理屋があると思う。料理が得意でコミュニケーションが苦手だとしても、それが得意な人にそっちは任せて、また経営が得意な人にそれも任せてタッグを組む。 ・修行は必要だ。現場に放り込まれるのもいいのではないか。料理だって、コミュニケーションについてだって、経営にだって。 ・坂口さんが言っていたが、どこの大学に行くより誰に学ぶか。もちろん行った先の大学で自分にとってターニングポイントになる人の講義に出会うこともあるのだろう。 ・そう思うと、私のことになるがバーチャルではあるが、かなり近い感覚で各種の(これは本当にラッキー)才能に触れたことは大きい。才能って言い方、お高く留まっていると思う人もいるのかもだがやっぱり才能なのだと感じる。 ・自分はまだ、だが感性を働かすということ感じたことがある。皮膚からびんびん感じているという感覚。アンテナが感度高く立っているという感じ。 ・実際に手を動かしてみること。自分が興味があることに手を出して、続けてみるとその現場にいる人が言っていたことが分かる、という時が来ることもある。これを感じていたのだ、と。若者よ、やってみよう。続けてみよう。自分の感覚がそれに反応する時が来たら、ぐっと一人でガッツポーズを決めよう。 ・漫画みたいなことを言って、と思われることもある。でも、まじでそれに出会い、取り組んだ時に結構あの真面目な漫画みたいだ、と感じることもあった。真面目にやっていたら、私の場合良質な、だが漫画みたいなことを感じることがあった。 (どらんく。)