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まだ、ふん、ふん、ふーんな生活。

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  生活を続けている。 さほど、丁寧な暮らしではないが、 時々、掃除をして、洗濯をし、 食事を作って、それを食し、 蝉の声を聴いて、扇風機にあたり。 インターネットの先を見て、時々、テレビを見て。 正直に言うと、普通じゃなくて良かったと思っている。 改めて、良かったー、と思っている。現状を。 生活がある上に、仕事があるのだとすると私のキャラクターから言うと、怒られながら。すぐ、物事を忘れるし。仕事も良かったなー、と思うことも多かったのだが、ずっと離れているとできないかもな、と思う。何度もであるが、ケアマネージャーからだなトラウマのように仕事の恐ろしさを知った。短期だが成長が大きかったのもケアマネージャーの仕事をしていてだな。 今は生活をすることが主だったことで、それプラス作業をすること。無職の10年間何事もなくやっていたのか、というと結構苦しみも経験している。 実家にあった人間行動学の本を読んでいると、実験と分かっていたとしても長期に看守と囚人の役をやっていると、囚人は立場が弱く抵抗ができないために、看主役の人たちは段々高圧的な態度になっていくという話だ。ちょっと自分の立場を雲の上にやって感じることは、人間という生き物なのだなー、とやっと気づくようになったというか。性質があるのだな、知能が高いから絶対はないとしても。 ただ、その現場にいると私は見えていないことが多いのだと。 福祉の施設、知的な障害の方たちと高齢者の方たちについての仕事をしていて、明日が憂鬱ということはなかったな。初めはちょっと自分の質が良くなかったこともある。 今までバイトを含めて、そうじゃない人もいたかもだがちゃんと誇りを持って仕事をしていた人が多かったという私の印象だ。 ああ、そうか。うわー、という人もいたか。私の父親の少ししたぐらいなのにという。私はそう感じた。 急に思い出したのは、私のことを偉いと言っていたと聴いた知り合いのおばちゃんが随分前だが亡くなって。その頃の元気な母親の映像が今おばちゃんが偉いと言ってくれたことを思い出して、現れた。専門学校に行くまでの3か月間私は警備のバイトをしていて、その間父親に辞めたい、と言って。父親が激怒して。懐かしいなあ。ヘタレだったんだよな。その話を母親がおばちゃんにして、偉いって言ってくれていたそうだ。私は、辞めたいと言っていたことも言ったのか、...

俳句にどこか影響され、そして詩です。私は詩人です。

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  雨は降る。 いつかに降る。 地に落ちて、 流れ、または染み。 涙のように渇きを潤し。 心を脈拍する。 雨の音、涙落ち。 心もまた律動して。

かき氷美味しかったなー。あれくらいあっさりしていたら、また食べたい。結構値段はするが。

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  地道に、例えば人と生きる仕事、 大変だなと思う。 甘いなと私を思うが、 強くもなっていて欲しいと願う。 多分、人と接すると自分の弱さを感じるだろう。 どうにか、と考えて、 私はどうなりたいだろう。 幸せの響き。 少ししたことで綻びが現れるのだと感じて、緩いのは今でも緩いが、気分転換の必要性を思った。でも、インターネット上で、たまにテレビで何かのシグナルや反応があるのでやっぱりそれに助けられているのだろうなー、と。それがなかったら、週に1回家族と話す以外に他者とちゃんと話す機会がない。日曜日のインターネットの礼拝でも私はメッセージ中に思ったことを、べらべらりんとパソコンに向かって話しかけている。これも結構、溜まったものを吐き出せている気がする。どうやら、どうやってか通じているのだ。テレビでもそうだ。考えてみれば空恐ろしいことではあるが。 文学、とか私は特に最近言うがそっちの人たちみたいに、そんな知っているわけでもない。言っていて、ちょっと不安になった。でも、文章を書くことは得意だ。私の文章であれば。 週に作業を3回だけにする、と決めてから今のところその3回はまじめにやっている。3回だけなのだから、ちゃんとしようという意識が働いて。ジムへも行くようになっている。 冷房をまだ使っていない。どこまでいけるか、何ならやり過ごせるか挑戦しようと思っている。べたべたした汗を流している。 今日は冷蔵庫にバジルとピーマンを余らせているので、あかりんの鰹のタタキの丼が夕食の予定だ。スーパーで食材を買い足している。

暗くなり始めた、近くの石手寺にて。

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  生きる喜び。 そういうことを経験した。 夏の夜に蝉たちの声を聴いていると、 感傷的な気持ちが染みて現れ。 みんな命を灯していること。 蝉の声を聴いている。 (生きることは今、楽しい。そんなことの中で、ふっとその楽しさを取り除かれた時に自分には何が残るだろうか、と思った。文章の感覚を感じることはわくわくする。写真は楽しいがそういうところにはいない。たまに良いのが撮れると嬉しい。ギターは多少上手くなったが、YouTube を見ていると果てしない。とろい感じがする自分が弾く感じは。これらを取り去られたら、と思おうとしたが、それは冗談じゃない。本当に冗談じゃない。ただ、命について、いいことがあったらいいな、という思いだ。たまにのぞかせて貰っている写真には明るい笑顔があって、命の力を感じ、またそれを貰っている。未だに何ができるのだろうか、と思い。本当に何かがしたい。一番初めに思っていた、こんなことができるかもしれないのだよ、と言えるようなことが。私の夢。) (文章についての本を読んでいて、文学的すぎるというか、分かりにくいのは私は辛いな、と感じ。重厚だけれど読みよいものがいいと思うし、私もそういうものが書きたい。私が感じるちゃんとリサーチをアンテナ張ってはいないが、突出している一般的に残っている方たちはそういう人が多い気がしている。これはそんな気がしているくらいのものだが。) 少し違うな。やらしい纏わるような文章や、頭を抱えるようなでもどこかに美しさのある文章、総称して文学であるか。あくまでも私はそう思うだけだ。

夏の夜。子ども、学生は夏休みか。楽しいことあればいいぞなもし。

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  シャワーを浴びた後、水を飲むと、 汗がたらたらと身体から流れる。 摂り過ぎている塩分よ、出てくれ、と思っている。 夜が更けて、風が東の窓から南へ過ぎる。 静かだな、と思う。 猫が喧嘩する声も聴こえない。 どこかでみんなで涼んでいるのだろうか。 だとしたら、私も混ぜてもらってもいい。 夏の一日のおわり。 今日は久しぶりに夕寝ができた。気持ちがいい。睡眠が以前ほどできず、そういう過渡期にあるのかと思っている。眠り過ぎもいけないが、ぐっすり眠るのもその後の元気のために必要だと。 姉がくれたポテサラと芝えびのマヨネーズとサラダと和えたのと、蒸し鶏ときゅうりのが美味しくいいお酒のおつまみになった。ポテサラ、半分は明日へと思っていたが全部食べてしまった。 来週にでも飲みに行くかな。夏で人が混んでいるかもだが。予約せずに行ってみる。天ぷら、天ぷら。 お金を結構失ったが、もういいんじゃねえかと思っている。めちゃくちゃはしないが、負担にならない程度に生活をする。外食も余裕でする。自分で作ったものを食べるのも好きだが。昨日は作るのが面倒だ、と思って12,3分でできるハヤシライスを作った。アプリの作り方。十分美味しい。今日もその残りを食した。 静かな涼しい場所で、本を読むのはなかなかと喜びだ。読む時間も嫌にならないくらいに。 明日は土曜日、作業をする日だ。疎かになっている文章についても入れ込まねば。インターネットでの情報も、新しく買ったノートにメモをしておこう。あれとこれは憶えているが、他にも何かあったような、とか思っている。ネットでの文章のこと。 何か始まるのだろうか。お金については欲しい。人との関係は優しい人なら、何かの利害とかなく話してみたい。今でも全然人恋しいとかはない。ただ自分がやりたいことがもし始まったとしたら、裏とかのないそういうことを専門にしている人と対等に話してみたい。 かなり、妄想だとしたら国のそういう部門に関わって、やりたいことに関することができてもいい。まあ、これは妄想だな。やりたいようにやりたいし。 ただ、今まで生きてきた感じからすると、そう思ったようにはならない。今は、へー、そうなんだと情報を得て満足しているだけである。 楽さに甘んじている。ぼちぼちやりたい。 そうなんだよな、こののんびり生活なかなかいいんだよな。自分のペースで生きる感じ。 そして...

食いねえ、食いねえ。ほどほどに。

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  心をどこかへ、遠くへ置く。 そんなことをしていたことがある。 乖離に近い、そんなことを。 今は、今を楽しもうとしている。 今を感じて、 時が動いて。 だから、感じていることが気持ちいいし、大切だと。 私はそういう時間にいる。 乖離(かいり)と読みます。そんなドープなところにはいなかったのですが、若かりし頃、時々そういう感じだったなということを思い出します。どっかに気持ちを飛ばして逃げているのですね、現実世界から。弱かったんだなー、と思います。 今はとにかくと自分の時間を感じることができる環境にいます。幸せだと思う。 絵をほんとに時たまボールペンのジュースアップの10色セットで書くことがあります。水彩のセットも買ってあるのだがなかなかと手をつけない。 今日、ふらりと暇過ごしに文具生活に行き、毛筆型のペン5色セットを買いました。何か買い物がしたくて。 絵を描く習慣もつけてみようかな、と今日、今思っています。何を生意気な、とほんの少し思われるかなと感じてはいますが、描く分には勝手にやっときゃいい。今まで感じたことで、やっといてよかったー、ということが多かったのでそんなことでやってみよう。なにか、という時にかわいい絵が描けるのもいい。心が静かだなー、という時に絵が描きたい、とかいう気持ちにもなってもみたい。それなりに描けたら。今日買った5色セットのペンがその思いにさせてくれました。 今、基本の休みとしている日が4日もある。そのうちの1日を絵を描く日に充ててみようかと。絶対ではなくそうしてみよう。 今の生活は夏の時間として動いています。やる気にならねえな、と思っていて作業などすることを週3日にしてから駆動し始めた。まだ始めですが、ジムへも行くようになっている。しっかり食事を摂っているので、ばててもいない。無理もしない。頭に今年の夏の生活、夏の計画と浮かんでいます。 去年の秋頃にも、自分なりの秋の計画がありました。やる気になっていなかったからだっけな。 冷房は自宅ではまだ使っていません。今日なんかは、一番暑い頃は喫茶店で過ごしましたし、2日前だっけかほどの酷暑では自宅の中はない。ありがたいことに角部屋で東向きの窓と南向きの窓を開いておくと、夜は結構涼しい風が通る。但し夏に本気を出されたら、もうさすがに冷房のお世話になるしかありません。お手柔らかに。 明日も午後は自由...

結婚道

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  余裕があることは、 気配のような、 ただ、夏のような、 そんなことを感じさせてくれる。 明るい夏の気心を感じるのは、 とても、豊かなのである。 広島にでも遊びにいこうか。 夏だ。小学生の頃は夏休みに結構な時間、兵庫のばあちゃんの家にいることが多かった。兵庫県の川西市、近くの猪名川の橋を渡ったらすぐに大阪府の池田市になり、私は大阪のばあちゃんの家、という認識で20代後半くらいまでいた。生まれた病院は、大阪のどこぞの病院だ。あの夏の記憶は私にはとても印象深い。 詐欺にあった貯金事情であるが、広島に日帰りで遊びに行こうかと今思い始めている。いや、でも9月くらいに行ってみるかな。 東温市のグランフジ重信にあるTSUTAYA でピーターラビットシリーズのちっちゃい絵本が売っていて、やべえ可愛いなといかんかもだが、スマホで写真を撮ったのだが。ちゃんと確認していないが、川上未映子さん翻訳なのだな。 川上未映子さんは芥川賞受賞作の、乳と卵、は確か受賞した時に購入して読んでいる。情熱大陸だったかなー、そのドキュメントも見ている。乳と卵の内容はかなり忘れてしまっているが、情熱とか強気とかのドキュメントも併せての今の記憶だ。違ってるかなー。 鮎が食いてえ。天然のうえに脂がのったやつを。すいかの香りがするとかも感じてえ。 今日はすると思っている作業を休む日だ。午前の遅めにジムに行って、喫茶でランチを食べ読書をする。カラマーゾフの兄弟、と人間行動学の本2冊。いずれも、負担にならぬ程度に。カラマー、はおもしれえな、くらいの今の印象。人間行動学は、まじかー、という章に入っている。2冊とも聖書を読んでいて良かったなー、と思える書ではある。 イオンでステーキ肉を買った。赤ワインも買った。そろそろの夕食にぶいぶい、ゆわせる予定だ。 あらへんで~。 上記は特に意味はなく書いてみた。日本酒を1杯やっている。ネットがあるからこそ、機嫌良くひとりの生活を送ることができている。 どないしよ。新たな生活にすること。今に甘んじる安心感。 このままや、あかん、という感じ。 むーん。 わからへんな~。ほんとに。どないなことか。 妄想しかできないなー。 どないに、おもってんのやろな。 自分も感じがよー、わからへんのや。 ただ、優しい人であったと。 その感じや、残ってる。 結婚や、結婚から始めんのや。