変身。
今日は暑いな、と思い英語をさぼることにした。気力としてはできるのだけれど、もういいかと。明日は飲みに行くことにした。悶々とし始めている。 昨日は冷房を使ったが、今日は使わず。 何にスイッチが入ったのか、一人でとても楽しいわと思っていたのだが、悶々がももんが、始まっている。ドライブとか、やっぱ日帰りの旅に行くかな。美術館を目的にしてみるか。 冷房を使っていなく、気分転換と涼みに近くのコンビニに行く途中、カンガルーとかライオンとかが木陰でぐったりしているイメージが湧いてきた。暑いと少々だらだらしてもいいな、とあのものたちもそうなのだから、と。 ある女の子のあるアイコンが変わり、挑発~ちゃんだ、とハートをどっきんどっきんさせている。よい子だった。今もよい子なのだろうな、とノスタルジックな気持ちで、時間は経っていく。 とっくに人生の後半に踏み入れている。色々なことを知った。肌身に感じること、知識としてそうだったのか、ということ。 変な言い方だと、ものすごく頭のいい人。それに対抗するには、これも言い方がおかしいが。芸術の感覚の世界、が対抗できるのではないだろうかと、今思った。時々思っていたことだが。頭の良さではとても勝てない。勝ち負けをここで現すのもなんだが。でも、ひょっとしたら何かの世界、感覚、何かの力が働いている、領域は大分酔い始めているのだが。その人が持つ領域の感覚に触れるには、ただ、頭が良いだけでは不可能であるかもしれない。 頭が良い人は感覚を働かすことも理解しているから、そこも知っているのかもだが、到達点に触れるのは頭が良いというだけではないだろう。 お前はどうなんだ、と責められると今は言葉について情報を読んでカオスだが。感じることは、感覚することは、説明書きがあったとして、それ、感じます、というそんな喜びだ。ちょっと、それ感じていますよ、は快感だ。 間を置いた気持ちになって、人と話していて気づかされるのは、そういうこと人によっては不愉快なのだなと。暮らしがあって、生きている。それぞれの守る暮らしがある。 ただ、私は今体力があって感じたい。年を積み重ねるごとに何が変わっていくだろうか。そういう一方で君はいい子だね、男の子だって女の子だって。何かが変わると面白いね、と思うのだ。何かが変わる。私も求めていたことだ。