今日は七草がゆだぜ。

 

新しい年が始まって、冬らしく、寒く、始まっている。
明日は風が強いらしい。
洗濯物はやめて、干した靴下を取り込む。
電気ストーブは暖かくて、まだ、寒さに対しても私は何とかなっている。
季節的に来る変化も、あることはあるが。
大したことではない。
私は生き物なのだな、と思っている。
自然の摂理に反応するのだ。
そうだからか、食べ物も時節が来る食べ物を食べると嬉しい。
そういう年齢になっているようだ。
プラセボということでも、
嬉しい気持ちなので、そうでいい。
そうでいいのだ、な。
唐揚げ、揚げ物、大好きだし、
カレー、らーめん、その他もまだまだ、お好み焼きも。

思う、思っているなど思うことの関係を使うことを、あ、そうか、いいのか、と思うことが出来たのは、またまた結局、糸井重里さんなのだよな。日刊新聞かTwitterでそういうことを書いていたのを見て、解き放たれたというか、恐がらずに使うようになったな。それと、こんにちは、のことも感覚としては、その頃からでも私も、こんにちわ、と使いたいな、と思っていた。特に、単発の使い方では。でも、正しいのは、こんにちは、か。と思ってそれにした。これからも、こんにちは、で行きそうだな。そういう世界の人たちは時々、そうやって、解き放ってくれることがある。何なのだろうか、ある一定の感覚を持つというのはある、と思っている。テレビの俳句の査定でもそれを感じる。いや、それを確かめさせてもらった、と時々観て思っている。これでもいいんだよ、という気付きも面白いし、まだまだ知りたい。
あと、正月を迎えて、いい加減な部屋の状況だと気付かないうちにそれが当たり前になって、人が人らしくなくなっていくと思った。自分の状況は異常だ。寒くともある程度は規則ある程度正しく。そして、一人でもそれなりに楽しく。

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