アイ・キャン・ドゥ・イット

 

自分は自分の道を歩いている。どう思われるかも、一般常識を考えて大切なことだが、自分がどう思っているか。ただ、ぼーっと生きていたら、それにも気が付かないだろうけれど、この余りある時間の中で、自然と感じたり考えもしたり、そういう時があることには感謝をした方が良いのだろう。まだ、まとまっていないことも沢山、これも数えてみればあるのだろうが。
さて、今日思ったことなのだが、今の時代怒られるのだろうが、自分はゲイでもバイセクシャルでもないのだが、若干のゲイ的性質を持っている気がする。大学の時に、男の友達に顔が近くなって、「照れんな。」と注意されたことがある。多分だが自意識が高いのだと思う。自分の顔を人より気にしたり、これは女の子にだが、綺麗な足をしていた女の子にどうしてもその足に意識がいったり、美意識が高い、というか。男の人にも照れることがあったり。昔、挫折後苦しんでいた時に、布団の中で男が好きになったら、本当に死ぬ時だ、と何を苦しんでいるのか分からないが、思っていたことがある。今の時代、怒られることを書いているかもしれないが。私は現在44歳だ。ひと段階乗り越えたかもと思ってはいるが、女性に渇いている。飢えている、とかそういうのではない。歴が長く、ちゃちゃっと済ませば別にそれでいい。しかし、多分身体全体がそうはいかないのだろう、意識というか。どうしても、目が行ってしまう、ということがあり、子供にびくっと、反応していた時と同様に、それよりは少しだが悔しい思いがある。余裕が欲しい、と思っている。
朝起きたら、掃除されていて、味噌汁の匂いがする、とかまじか、と思う。朝はパン派だけれど。世知辛い経験を結構していて、鍛えられたのは鍛えられたのだが、ふと、最近思い出したのだが、母親がデパートでフランスパンを買ってきていたり、甘いものを買ってきていたり。恩師に初めて会った時に、自宅でケーキが出されて、言い方が違うのだけれど、こういうことは当たり前ではないのだよ、と言った覚えがある。今、そういうことに焦がれるか、というとそうでもないのだが、今は今で楽しみを見出していて。でも、当時は今もまだそういうところがあるが、甘えていたのかもな、と思い返す。それと、もう十分中年の年だ。男だし。朝か昼をカロリーメートで済ます今も好きではある。ただ、今の状態は普通ではない。自分が思っていることが、そうなるのかは分からない。日々を過ごして、四次元空間と思っていたりはするが、人と話し、本を読み、英語に希望を持ち、ギターを練習し、今を生きている。英語を始めた最初。電子辞書に入っているリトル・チャロのチャロが決意するところ。

Dread ,I am going back to Japan. 

Shota did everything for me. Now,I will do everything to go back to Shota.

I can do it. And I have to. I have to get back home.

チャロが飼い主とはぐれてニューヨークで決意するところなのだが、英語を始めた最初、希望を感じた。そして希望を感じたい。自分にそこまでエネルギーがあるかは分からないが、少しずつでも潰して行けば、物事は変わることもある、というのを感じている。自分なり、で十分だ。でも、希望があることを忘れたくないのだ。生きている明るい実感を感じながら、人生を歩みたいものだ。

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