松山は桜が咲き始めている。 リンクを取得 Facebook × Pinterest メール 他のアプリ - 3月 22, 2018 直接お会いすることはできなかったけれど、SNS上で顔として私の前に登場してくれたことが何度かありました。 優しい寝顔ですね。 向こうで安らかにこちらを見ているのでしょうね。 ありがとう、ブイヨンさん。 リンクを取得 Facebook × Pinterest メール 他のアプリ コメント
幸せの定義とは。 - 11月 08, 2025 住宅街を歩く、 下を向いて。 住宅街を抜けて、 上を向く。 生命、地球が動いて。などと、思い、復路へと歩む。 すると元気、少年たちが自転車を走らせ、私を過ぎる。 曲がり角で二人目の少年が「人がいる」と、後続に危険を知らせて、 風みたいに。 優しさや、誠実さのかけらのように。 私は小さく明かりを受けている。 部屋が汚い。しかし、ゆったり生活をしていて好きなことをしている。台所の状態だけは料理ができるようにしていて。来週月曜日からは、それなりにすることをしようかと、考えている。掃除もな。 ブログを書く前に、姉から貰っていたパウンドケーキ、姉作をコーヒーをおともに食すると至福の時を持つことができた。姉はある時から異様に料理の腕が上がっていて、私もこの暮らしになってから料理を頑張ってもいるが、あのようにできない。むむ。む。 お金が沢山入ったら、今の気持ちは丹波産の松茸を買って松茸ご飯がしたい、と思った。でも、そうなるとせっかくなら土鍋で松茸ご飯を炊いて、とか考えるとめんどいな、などと今妄想して終了しかけている。その妄想の終わり。 思い出。何度も感じるのだが、思い出は生きる糧になる。少なくとも今の私のように停滞して生活を送っている人は、たぶん。がんがんに前を向いている時は、どうなのだろうかな。あの漫画面白かったな、でも、知り合いのおばちゃんが連れて行ってくれた、グレムリンの映画でも。その時の雰囲気や記憶に残った言葉や。漫画や映画の中にもそういう何かが残存していて。鬱屈した苦しみから抜けた時は、そういうことが助けもしてくれる。ネットでは人と通じていると思っているが、実際の生活では気分がいい時は、一人の方が楽だなと、さえ思うことがある。このままではいけない、ことは時間が経ち自分も年を取っていくことにおいて、確実に時は経っているので、いけない、と思っている。今も気がいい時は、幸せだと思うが、幸せになりたいと思って、でもどういうことが幸せなのだろうか、などと今思った。私は生きているので、幸せの命をかんじることか。何度でも思うことか。 続きを読む
それでも、るんるんでいるのよ。 - 10月 28, 2025 眩しい光。 やすむ影。 踊るために風。 時を移ろう日々。 心に聴こゆる音。 静かに深い夜。 そして 明日。 生活に飽き始めている。いつものように、何かすれば挽回するだろう。今日は街までウォーキングしたな。英会話を申し込もうかと考えている。人と話すことの少ない今、鬱屈するなら工夫をしようと。 話がちょっとそれるが、辻村深月さんが本に、好きなことは人と比べなかったら、大人になっても続く、と確か書いていて。私は運動神経は普通で、でも運動することは好きなので、運動を避けることはなくて、もうちょっと運動をしてもとは思うがウォーキングくらいはする。体力おばけみたいな人が近くで、おらおらと鍛えていたら運動する気がなくなっていたか。英語なのだが、試験のように測定されたら、そんなに伸びていなくてもっと早くに諦めていただろう。できる人と比べていなくて希望を持てているので続いている。ギターもしかりであろう。写真もそうだ。物書きは、語感はあるなと思っていてしかし、長い小説ってそんなに書いたことない。必死になってくたくたになるくらいに、書いていない。この生活になって書いた長めの1回目の小説は書いて結構疲れたけれど。なのだが、物書きは私の自信の最後の要だ。ここは離さない。 よく最近思うのだが、色々なことが取り去られて、やってきたこともあると思っているがそれがなしよ、になって。自分に残るものは自分が溜めていた技術というか。英語を話し、読解する能力が私にあれば何を物理的に取り去られても、その能力が去ることはない。詩や文章を書く力のことも、それも私のものだ。さらに、分かりやすく文章を書くことを導く技術があれば、それも私に残っているものだ。ギターの技術、写真の技術。しかり。しっかし、それが難しいことなのである。英語は本当に上達していない。うむむ。学校の勉強とかも今でも、とろそうだ。でも、測られていないから続けられる。しのぎを削るとは、大切なことであるが。文章なら何とか。正岡子規みたいに賭(と)していないが。 改善されたこともあるが、その代わりに薬で頭蓋骨ぼこぼこしているし、禿(はげ)はあるし。ストレス、地味なのがじわじわ迫って来るし。臭いはあるし。いやだいやだ。 年取って来てるなー、と思う。もっとはつらつとした生活だと、もっと違うのだろうか。幸せになることを願う。部屋が寒くなってきたな。 続きを読む
げげげ、誕生日だ。もうこんな、年齢。 - 10月 07, 2025 きみ、誕生日じゃないか。 お二方、、ありがとうございます。 しかし、なにか君はふさぎ込んでいる。 ああ、でもこの会話で明るくなろうと思います。 松山の地方祭がきみの誕生日。 そうです、私は小さい頃からずっと松山祭りと言っています。 きみがきみの誕生日を特に意識するようになったのは、君の母の妹、おばちゃんが誕生日に贈り物をしてくれるようになってからだね。 そうですね。母が亡くなってから、おばちゃんがどういうきっかけかは、忘れたのですがワインや煎餅が入った贈り物を届けてくれるようになりました。栗焼酎とかおいしかったなー。それまでは、ああ、誕生日やってきたなー、と祭りの音楽を聴いて過ごすくらいだったような記憶です。 (しげるより)人生は短いようで長く、長いようで短い。運動している時のしんどい姿勢は長く感じるが、実は短く、スマホを観ている時の時間は短く感じるのに実はとても時間が経っている。のようなものだ。 え、はい。 (太郎)世界は広い。一反木綿に乗ればどこにでもいけるのさ、そういうこと。 え、はい。 (しげる)たとえ、きみが片腕を無くしてもギターは弾ける。がんばれ。 あ、えっと、はい。 (太郎)毛バリはときどき、けばれ、がんばれ、という意味になる。がんばれ。 ん、いや、はい。 (しげる)いや~、あんないけめんに、自分を演じてもらうなんてなー。じまん。 ああ、はい。 (太郎)猫娘とユメコちゃん、どっちがタイプ? え、や、ユメコちゃんかな。 (しげる)へ、はいい。へ、はいいぞ。 ああ、はいはい。 (太郎)ぼくも、誰もいないところで、へ、をこくんだ。実は。 はいはい。もういいです。 ゆっくり、誕生日を過ごします。 (あ、よく見たら目玉のおやじさんがいた。しまった。) 続きを読む
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