ペルソナⅡ

なるべく、相手が最後までこの世を思える様に殺しなさい。私はいつも「雨」にそう伝えている。「雨」に染みた血の匂いはいつも違う香りがする。年齢、性別、その時の体内の水分量、そんなことが関係しているのだろうか。「雨」はよく哀しむ。私も喜びより、哀しみを好む。
 「雨」は雨の日にだけ、現れる。だから、余計に血が蒸せて香る。私達は潜在的にそれを好んでいる。そうなのだと思う。それは美しいからかもしれない。雨と血の匂いが混じって、結局やめてはいけない。


 インフルエンサーの影響力。どちらかと言えば、裏の顔。春、という世界での名前。重要な情報を持っていて、信頼の出来る仲間とそれを共有している。投資、株価変動、仲間同士のアンテナを張っていて、すぐにそのビジネスチャンスを掴む。
 その仲間とまたその下に情報を共有する仲間達。女王蜂、と私は呼んでいる。仲間の下にいるその仲間達が地に足の着いた情報を持って来る。様々な写真をくれるという。げすい奴らだというのがよく分かる、と春は言う。そんな彼らに春は何度も助けられている。影響力のある会社の情報をリークして行く。げすい奴らの仕事。株価は変動して下がり、そして、また元の値近くに上昇する。その差を得て春は利益を取る。
 仕事の時は写真を共有して相手を心理的に追い詰める。黒い眼の仮面が幾つも現れる。最後は「雨」の仕事になる。


 あの仮面の老人を見てから不思議と何処か惹かれていて、その下にある無表情だった老人の顔が、その訴えに何故か興奮していた。視線と潜んだ危険性。明らかに私へ向けての物だった。私はまだ何かがある、と思って生きて良い様な気がした。浮遊する特別感。あることを知らせてくれた、と思っていた。
 もうすでに、雨は降っていて私は血の匂いにまた、自分を取り戻していた。叫び声を上げて泣いていた。雨の音が囁きの様に、私を打っていた。
「大丈夫、その人は私達に必要がない。ペルソナ、今日からはもうそんなことをしなくて良い。それがなくても、あなたはあなたでいられる」
 ペルソナ、心の仮面の意味を持つ名前を与えられた私はその日から、知る様になった。温かく触った血よりももっと奥にある甘い響き。


 私は上司の指示を仰ぎ、事の原因を説明して、ただ平謝りをしていた。冷たい眼で見られることには、少しは耐性が付いたが、そんな慣れる物でもない。結局、納得は得られなかったが、大体のことは済んで取引先の会社を出てから、いつもの様におもいっきりのため息を付いた。暫くの時間があるので、オープンテラスのカフェでカフェオレを頼んでまた、思いっきりのため息を付いた。温かいカフェオレがテーブルの上に置かれた、と思ったら向かいの席に少年の様な男性が座っていた。少年ではない様に見えるのだが、まるで少年の様な顔立ちをしていて、眼が鋭かった。
「あなたは何故、生きることが出来るのですか?」
 私は、うーん、何を言っているのだろう、と思ったが考えてみた。
「そうだなあ、ある時気付いたのだけれど、私がしたことで、いや、それだけでなくても良いのだけれど、人が喜んでくれたことが嬉しくて、その時心が通じる様に感じて生きられる、と思ったことがあるなあ。普段よく考えていないのだけれど、多分私はそれがあることで生きられることが出来るんじゃないかなあ、と思ってる」

「そうですか」

 雷鳴が鳴って、びく、と上を見上げて大粒に雨が降り出した。いつの間にか空は雲に覆われていた。視線を元に戻すと、少年の様な男性はもういなかった。もう一度空を見上げると、雨が顔を打って鼻の奥に血の匂いを感じていた。

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