ペルソナⅢ

雨が降らない。暦で一週間に満たない程のことだと分かってはいるのだが、神経質になっている自分のことに気付いていた。何をしても落ち着きはなく、コーヒーの香りもそれがしない。アルコールはやめていて、それは私の心にある仮面のおかげだ。アルコールの快楽などもういらなかった。今は冷静にしていても快楽はやってくる。なにより、そうだ、「雨」から香る血の匂いがいつも私をその域に立ち上らせてくれる。美しさを伴う領域。「雨」は私にそれを教えてくれた。私はもう泣かなくて良い。
 二週が過ぎて、春から知らせが届いた。もう、十分獲物は疲弊している。どんなことになっても、不思議はないだろう、と。
 雨が降らない。雨の音が聴きたい。


 私は晴れの予報が続いていたので、安心していつでも洗濯物が出来ると思っていた。そして、今日にでも洗濯物を片付けよう、と思っていた。会社のパソコンを使っていると気象レーダーの雲が変化しているのをふと見て、あーあ、とうな垂れた。今日の夜には雨が降るのだろう。


 雨が降って、血の匂いがして、そうして騒いでいた。「雨」の眼がますます虚ろに、そして切れて長く、それは私を喜ばせた。
「雨、ありがとう。ゆっくり休みなさい。こちらにおいで、抱き締めさせて欲しい」
 私は「雨」の肩に手を掛けて、「雨」を抱き締めた。窓に雨の打つ音が聴こえていて、「雨」は震えていた。
「雨、身体が冷えている。温かいスープがある、コンソメのスープは飲めるね。持ってくる。飲みなさい」
 スープを器に注いでいると、スープから血の匂いがする様で、私も震えていた。その美しい感情に、この教えて貰った気持ちの受け止め方に感じていた。
 スープを飲んで「雨」は眠った。
 もっとだ、もっと欲しい。私とは違う意思、いや仮面の下の私という過去が求めていた。
「雨、本当は眠っていないね。教えてくれないか。どうやって、獲物を締めた。そんな時はどんな気持ちになる? 私は欲しい。お前の気持ちが。いや、本当は私の気持ちが欲しい。お前が羨ましい」

(あいつは人を苦しめたのだろう)

 冷静に生きている気持ちとの言葉の裏腹さは、確実に溢れて染めていた。「雨」は震えていた。私はもっと語り掛けていた。止められない。血の匂いは「雨」がいる限り消えなかった。あの鼻の奥の血の匂いが消えない限り、ずっと私はこの血の匂いを求めている、そんな気がしていた。
 夜が明けようとする前、雨は止んでいて「雨」も消えていた。
 血の匂いは染みていて、時間と空間は常に線を引いてそれを拭っていた。時の歩みがこんなにも美しく優しく響いているのは、以前の私には知る筈もないことだった。朝の光をこんなにも受けることが嬉しい。

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