ペルソナⅤ

 「雨」が苦しんでいる。自分を傷付けて。私は「雨」がいないと駄目になる。私にはまだあの血の匂いがこびり付いている。「雨」が必要だ。だが、これ以上続けさせると「雨」の傷が深くなって行く。「雨」の純粋な精神からもたらされた血の匂いが、あの響きがいつも私を高みに引き上げてくれる。しかし、「雨」を失うことになるかも知れない。何より「雨」が苦しむのを放っておきたくない。私は「雨」という存在を愛している。私は「雨」と心が繋がっていて、だから苦しめたくない。苦しみは嫌だ。彼がこのまま苦しんで行くのを見たくない。

 (もういいんじゃないかな)と私の心の下が言った。
 (忘れていないだろう)とまた私の心の下が言う。
 (どっちが好きかい)とまた言う。
  
 「雨」がもたらす全ての感覚。自分の手を血で汚して、温もりに触れる全て。どっちに対してもイコールだ。

 (本当かな、本当はどう思っていたんだっけ)

 結局、同じだと知ったのだ。だから、私は仮面を持っていて、美しく生きられると、そうしてこうやって生きている。

 (美しいはイコールかな、いや、ニアリーイコールだと感じないか。どっちの方があの味が深かったっけ。どっちが自分を放っていられる? お前は叫んでいた方が、美しさを纏える。そうじゃないか)

 私がこの世界に溶ける。温もりで叫んで、溶けることができる。いや、違う。同じだと思うことが出来たのだ。

 (どう思っていたっけ。「雨」のことはどうでも良い。どう思っていた?)

 本当は殺したい。私が殺したい。全てを塗り変えたい。あんなことを消して行って、変えてしまいたい。
 違う。本当はそれよりも、あの血が唸っている様な時を感じたい。特別な時間、世界が特別で私自身も特別でいられる。現実何て知ったことじゃない。

 (もう、決まったね)


 雨が降っていた。丁度その時間、柔らかに雨が降っていた。私は上を見上げた。疑いや、哀しみ、伝えたい音が降っている様な気がして、スーツを着ていたが、傘を下ろした。雨は私に当たって、血の温度が上がった様な気がして、鼻の奥に血の匂いを感じた。今日は哀しい。哀しみよ、もっと降れ。


 春から連絡があった。獲物は人を求めている。疑いに駆られてほとんどを信用していないが、どうやら人を求めている様だ。もうすぐ雨の日が来るだろう、と。
 私は連絡を受けて、椅子の背もたれに身体を預けて天井を見上げて震えた。
 女性は何も悪くなくて、むしろ善人だった。しかし、彼女の受け継いだ物は欲望にまみれていた。彼女は悪くない、そんなことは春にとってはどうでも良い。受け継いだ過去に理由を付けて、仕掛けることが出来るかどうか。つまり得られるからいつもそうしている。
 

 強くこわばった眼をした彼女に私は誠実な言葉を掛けた。彼女は少しずつ穏やかさを取り戻して、私はそれを抱き締めた。その内、彼女の眼は活き活きとしていて、若さだと思った。
 雨が降り出していて、私は彼女の腹を刺して、声にならない彼女の何かを聞いていた。愛おしさに気付いて、もう一度刺して、抱き締めると血の匂いが立ち上って、美しいと思って涙が溢れた。人が生きている。
 天井を見上げるとあの鼻の奥の匂いがして、感情も大きく溢れ始めていた。流れている血に触れると、とても温かくて、それを顔に塗って叫んでいた。
 彼女の顔がふと眼に入って、恐怖に満ちている。もうすぐ、さよならだね。
 首に冷気が通ったと感じて、瞬間、壁が赤く染まったのを見た。身体が崩れて、今度は天井が染まった、と。停止。ソコガクライ。
「さよならだね」
 雨は降り続いていて、春によって全てが解決する。


 私は小説を書くために、何かが足りないことを感じていた。それはまだ触れたことのない何かだと、そんな気がしていた。今日も雨が降っている。私のペルソナ。

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