暮らし。

 

一六のこのどら焼きに結構はまっている。コンビニにあるもっちりどら焼き、もいいが、このどら焼きの特徴はすごく軽い味わいで、あっさりで小さめなのだ。おやつの時間に丁度良い。これを一つ買うために、近所のセブンスターに出かけたりする(セブンスターの中に店舗がある。確かグループが同じ。)包に入れて貰わず、印をしてもらうだけで、財布が入ったバッグに入れたり、他の買い物と一緒に買い物袋に入れたりしている。小倉餡とクリームではなくて、クリームが小倉味なのだ。皆さんもコンビニ感覚で一つだけ、とか恥ずかしいとか気にせず買えばいい、と思っている。今日は99円だった。いつもは118円とかだったか。はまっている。
自分のことは、色々な人がいて。昔からの、しょぼい心を持って感じていると。その人でないと、不安だな、という気持ちが現れている。自分の今の状況を、また立場を思って。どういう人だったか、それはまだ憶えている。だからこそ。
その人でないと色々手に入らない。そうじゃない。今くらいの生活ができているなら、それに必要な物は手に入っている。どんな人だったか。そこが大きい。
日々を暮らしているが、今、特に近日不満はない。ただ、このままではいけないのだろうと。
生活の中でそういうことがぼんやりと私の心の表面をなぞっている。少しずつ私は自覚している。必要性を。この必要性、という言葉も独特の一方的な身勝手さを感じる。しかし、どうかそれを自覚して、その人を一人の人として見て分かり合えることができたなら。そう思っています。ネットでのこともどれだけ傷ついたか。それも思い返しています。今まで。
目が覚めた、と言いましたが、今また、目が覚めた、そう感じています。これらのことが本当のことなら。そう今は信じています。

見直して、ます調がわざとらしく感じた。こんなこと書かなくてよいけど。

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