勇気

 

子どもがいる、と思っていて。

そうか、夏休みだ。

よく見かける、と思っていた。

と書き出して。

目の前に幼児用の椅子が使えるように

置いてあって。

Apeもちゃんとしているものだ、と。

気持ちは詩情というより、

ぶつぶつと思っていることを書いていて、

飄々とした気持ちでいる。

窓の外を見る癖はいつからついたか、

憶えていないが。

気を鎮めていて。

書いているときは、言葉にしたくて、

窓の外を見て、出てこないかと願っている。

そして、思うのだが、

夏のうちに、

冷やし中華を一食は食べておきたい、と。

生活をさぼっているのだ。

生活をさぼっている。料理をしていない。ちょこまかしたのは少しはしているが。
そうやっていると、また始めるか、と思う気持ちが出てきて、始められそうだ。冷やし中華食べていないなーと思って、料理をまた始めたら作って食べようと思っている。寒くなってくると食べる気しないし。ごまだれのも好きだが、酸味のある昔からの醤油だれでいいのかな、醤油だれが好きだ。
この年齢まで私がある程度私のままでいるのは、何がいけなかったかな、と思うのだが。いざというときの、私の気難しさ。そして、思い返すとかちん、とさせる人の感情を分かっていないこと。自分の思い通りになる、とまで思っていないが、自分からの目線でしか考えられていないこと。若い頃はエロさと馬鹿さ。何こいつ、と思われると分かっていなかった。
それを考えると、年なりにそれなりに人生経験を経たのだなと。大人になることも大切だし、今は落ち着いている生活だから言えるが、色々経験するのも悪いことではないか。しかし、いつまでもそんなのばかりだと、うんざりだ。私を憎んでいる人もいるだろうな。そういうのも昔からあったことだ。少しは私も変わったけれど、何でも変えようとは思わない。
と、書いていて、気付いたのだけれど、こういう大まかに言うと、文句のようなことを、書かない人は書かないなと思うのだ。私はどうしても吐き出したくて、書いてしまう。
ふーん。
夏のうちに綺麗な詩を書くと頭の中に思いがあるのだが、少し書いたと思っているが、うおおー、というのを書いてみたくて。そういうときの思いは、不思議なというか綺麗なというか自分とその周りの光景のときを経験したときが良くて、これは書かな、と思って書くときが当たりに遭遇するときで。経験したいものだ。ぶつぶつと書いているときも好きだけど。
小さな女の子がリクライニング椅子の上に立っていて、「立っているけれど座っている。」と言っていて、私は椅子に座っていて、「座っているから腹が出ている。」とシャツを両手手で横に引っ張って本当は言いたかったが、言えなかったなあ。

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