時が来たら、馬鹿にされないように。自分の身体も、中身も。

 

未来を思うことに、

欠けてきて、ただ生きている。

先のことは、想像がつかなくて、

生きるために、

と書いて、大袈裟だと思った。

楽しくやっていこう。

情熱、みたいなことがない時期のようで、このままなくなっていかないように、しないと、とは思っている。私がそうなったら、みたいな周りのことはどうなって、みたいなことに考えが行って、本質、いつの間に本当にそれを思うようになったか、どの時点だったかもう忘れたが。いつからか、最終目標になっていて。でも、今はどこか遠くにある出来事のようだ。これについては、よく自分のカンフル剤として何かことを起こすのが自分なので、何か出来たら、と思っている。そして、それは思ったようなことにならないのも、私としての経験だ。本もあんまり読んでいない。何度も、だが容量の多い(大きい)人たちとは違うのだなー。ちょびちょび、本を読んだり。秋になってくると、釣りに沢山行こうかな、と今思っている。他のこと疎かになってもいいから。そういう気分、気持ちだ。大学生の夏休みも、できるかなー、どうだろうなー、という気分、気持ちだ。でも、できた方が楽しいだろうな。気のせいではないと思うが、体重はそこまで変わらないのに、腹の出っ張り具合が増しているようだ。なんとも。今年の夏は、ばてていて、お酒も毎日飲むし。休肝日を設けていた年は、体重は変わらないが、顔もお腹も少しすっきりしていたように感じる。でも、呑兵衛で今はいたい。まあ、太るのもそれはそうだ。家でのんびりしてばかりだから。運動するぞ、運動を。楽しいことや刺激的なことだってするぞ、今の自分にとって楽しいこと、刺激的なこと。料理を作るのも好きだが、布団が敷いてある横にあほかしら、というくらいにカレーや料理の本を置いてあるので、買うのではなくてそれを読み返して、作っていくのがいいだろう。ああ、でも有賀薫さんの新しいスープではなくて料理の本は買ってしまいそうだ。しかし、きりがない。有賀さんの本は買うだろう。しかし、沢山の料理の本で作っていないレシピがわんさかとある。読み返して、作るべきだ。しかし、Twitter、えっくすなどで、素敵に紹介されている料理の本に弱い。しかし、いい加減にしないといけない。あと、レシピ通りに作るから、料理の感覚とかそういうのに欠けている。レシピを見ずにラフに作る料理に。これくらいが、調味料がいい、とか、炒め具合はこれくらい、とかの感覚。意識しよう。適当に作る野菜炒め1つでも、満足いくものが作れるようになろう。
今、両手でお腹の辺り全体を触って行くと、何とも膨れ上がっている、ため込んでいる。少しは、すっきりさせようも目標に。ちょっと、異常だ。自分の腹。
明るくやっていこう。

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