冷雪
雪が沢山、沢山、降っていた。
ぽろぽろと、ふわりと涙する。
銃声が聴こえて、心が軋んで。
パアン。
ただ一つの音。
それから、幾年も季節は変わった。向こうの世界では、夏がやって来ているようだ。男は光でそれを確認する。だとしたら、ここも男の世界も夏だ。雪が降っているけれど、でもここも夏。光の世界に手を差し伸ばして、男の右の手が光に当たる。さらさらと皮膚と肉が砂のようになって、落ちる。骨が見えてきたところで、手を戻す。手は再生して行くが、そこには痛みが伴う。心に繋がっているのか、しかし涙は出ない。ただただ痛んでいた。
光に焦がれているけれど、身体も心も向こうには適さない。風や音はこちらにもやって来ていて、綺麗な声が運ばれる。
ここは暗闇。暗闇で目を瞑って、横たえる。夏だ、とても楽しそうな夏だ。闇では火も電気も使えない、探しても見つからない。
暗いからいつ眠っているかも分からない。これは眠っているのか、起きているのか、判断ができない時がある。ただ、向こうにある光が見えた時、生きていることを確認する。手で自分の身体に触れて、あることを知る。何度それをしたか、記憶もない。わたしの記憶は暗闇に入ってから、光の時のままだ。ほとんどはそれだ。
夏に雪が降る。わたしが忘れないために。わたしは闇の住人になっている。わたしのこころは止まっていた。
パアン。
その子が悪い手を使ったと知っていた。わたしの愛するものの口に憎しみが滲んでいた。
わたしは猟銃を向けた。
信頼した目だった。そんな目のまま、ぽろりぽろり、ふわりふわり、雪に血が流れ染みこんだ。
わたしは闇にいる。闇にいると感じることを忘れそうになる。わたしを包んでいる、わたしを離さない後悔や憎しみさえも。ただしかし、光から聴こえてくるのだ、明るみの夏の音。救いを与えてくれるような声。水に浸ってみたい、太陽を感じてみたい。ここの雪は時が動いていない。あの時のままだ。忘れかけている感じることは、ただ冷たいということ。だから、忘れないのだ。憶えている。
わたしは忘れ去られていくのだろう。哀しいという感情が動いて、まだそれを忘れない。感情を手離すのがとても恐い。わたしの脈動の音は闇に。
わたしの命が枯渇するまで、わたしの不安や心地よささえも、何度も奪われていく。正気になどならない。わたしは告白する。愛するもののために。
夏、つめたい雪が降っている。



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