梅雨ごろには梅干を漬けようと思っている。

 

暑さを感じるようになってきた。

季節は変化するし、

私も四季を追うごとに年を取って。

20年前よりはさすがに考え方も変わったところもあるし、

変わらないといけないとまだ感じることもある。

世の中も20年前とは大分様子が違っているし、

それに追いつこうとする人も、わたしも。

あと、どれくらい生きて、

どんな時代になっていくのだろうか。

生きていたい。

何気ない親切や、日常の平和、

人の誠実な感情。

感じていたい。

ちょっと煮詰まってきた時に、自然な香りの良いものの匂いを嗅ぐとか、お茶休憩をしたり少しだけお菓子をかじるのは効果的だなと最近特に実感しています。元気があり余っている若い頃とかはそういう実感がなかったのですが、考え方が凝り固まっていたり自分と周りとの感覚が分からなくなっている時に、お茶休憩をするとほっとして気持ちが落ち着いて焦らずにまた何かに取り組める。または冷静になれるというか。若い頃そういうのいいな、と思っていたのですがあまり実感することがなかった。


ずっと英語やギターや読書をすることをさぼっていて、読書は少しはしていたのですが、久しぶりにするとまだまだ日常的にできる雰囲気を自分に感じました。週4日できたらいい方のことであったのですが、それでもうんざりすることがあってギターをうんざりとか言いたくないのですが、全部組み合わせて取り組んでいるとうんざりの波が来る。どうしたもんかい、と思いリフレッシュの方法がいいのが思いつかない。思い切って、うんざりしたら全部1週間手に付けないとか。

しようと思ったらやること、いっぱいあるのだけれど気持ちが追い付かない。やるれことに限りがある。インスタグラムを見ていて、高校に上がる女学生がやりたいことがいっぱいあって、時間が足りないようでとお母さんがコメントしていて色々取り組んでいるようで、すげえなー、と思った。それくらいの頃から沢山勉強以外にやることがあるんだ、と思って。私は学生時代、勉強もしていなかったし何かにしゃかりきになってもいなかった。楽してえなー、と思っていた記憶だ。だから今は、無理はできないけれど身になることをしたいなという思いがある。ほとんど何もしなかったその自分はやはり、何もなかったということはないけれど、それだけの何もしない結果が出ていた。根性もなかったし。

でも、想像でしかないけれど、会社に入って頑張って伸びる人もいるんだろうな、何もしていなかったけれどそこを生きられる人。
自分も仕事をしていた時とこの10年間で根性は少しついたかな。人との対面ではへこへこしていて根性なしに思われるだろうけれど、底の方では根性がついた。しかしながら、みんな結構根性があるんだよなー、とも思い、自分根性あるのか、と思い直しもする。人と接していない今なら根性ある、と思っているのか。


それでも、しっかりして猫背を正して。運動もして。部屋を綺麗にして。


そのうちに夏になって、今年はどんな夏を過ごすのだろうか。この10年目の夏。

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