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6月, 2022の投稿を表示しています

熱いぜ。

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  夕べ、窓を通る風。 しずかに、外の気配を辿って、 猫は鳴かない。今は争いの声もない。 あの戦いの決着は着いたのだろうか。 ネコチャン、幸せに。 赤味噌を使った大根とわかめの味噌汁を飲み、 お米を噛む。 夕べは夜に深く差し掛かり、そのまま沈んでいく。 私、眼を瞑って。 また、明日。 太陽が熱い。 昨日は布団に入ったのが22時くらいで眠りに入れたのが、23時くらい。今朝眼が覚めたのが、5時くらいでせっかく起きたのだから、とそのまま起きていて。ご飯を炊き、朝食を済ます。そして、今の感想としてはやはり、時間はすぐに経つ。そこまでのことをしなくても、いつの間にか時間が経過する。それと、続くことをしよう、ということ。極端になってしまうので、自分なりに遊ぶ日と、本を読んだりするのも、嫌になったらやめる。読みたくない日は読まないし、けれどなるべく読む気持ちで。日を重ねて行きたい。私は何冊かを同時進行で読むことが多いので、本を切り替えながらちょっとずつ進む。でも、そう意識していると、嫌になってきて暫く読まなくなるので、しかし、調整。今はやる気があるから、前向きに思えるので、転んだ時のことも思っておかないと。小説もまた開始したいが、いざ、やろうかな、と思うと、ちょっと、しんどいなあ、と思うようになってしまっている。馬に人参ぶら下げるように、何かいいことをぶら下げてくれたら、かなり頑張ると思う。そのうち、早く眠るとしても、睡眠時間は取るようになるだろうな、でも朝は起きる、という。私はそれがいい。2枚目の写真、ワタナベアニさんの真似したわけではなくて、ブログするから少し前に外に出て、空を見たら太陽が隠れていたので、撮ってみたらこういう感じになった。そして、暑いからさっと、帰る。ブログがしたいと思って、写真を撮って、でも今日は料理に時間をかける日にしていて、焦り始めている。時間はあるのに。今日の料理内容だったら、そんなに時間は掛からないだろう。貰ったじゃがいもがまだあるので、ポテサラにする。じゃがいもは辻仁成さんのレシピを1品とコロッケと、コロッケも辻さんのレシピか、それに使った。それと他の料理は豚バラ肉を使った中国風の蒸し物だな。文にもちょっと焦りが出始めている。何度か訂正している。後で読んで、違和感があるところがあるかも。わたし、焦らしいとこあるのだな。旅行に行ってリフレッシュはでき

ネコチャン

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  親しみの 欠伸。 今日は暑いだろう見かけない。 色々あるだろう。 でも休むときは、のんびりと。 出会うともの凄い速度で私、右手に走り抜け、 せまい路地に消える、 肉球の余韻。 冬の間、わたしに心を開いたガザガザの毛。 私はさらには踏み込まずに、ただ、手で合図を送り、 写真を撮っている。 ネコチャン、いつものお寺ではみかけなかったですね。17時に差し掛かった頃ですけど、まだ暑いんだろうな。どこで、難を逃れているのか。さらっと通ってみただけなので、もっと見渡せばいたのだろうか。 坂口恭平さんが21時に寝るのいいよ、って言っていて、意識してみているのですが、朝起きるとやることが色々できていい。私は22時か23時にやっと眠りに入れる今の状況だが、朝起きられている。と言っても、期間がものすごいまだ短い。身体がまだ運動不足なのだけど元気で疲れさせないと眠れなかったり。今日はウォーキングを図書館までした。図書館は休日なのだけど、本は返せるので。今度、また歩いて本を借りに行こう。レシピ本はコピーした。コンビニで長くコピー機を使っていたので迷惑だったかも知れないけど。自宅のプリンターはある部分が無くなっていて、使えない。自分がどうにかしたかな、と記憶を辿るが覚えがない。組織があった筈のドレッシングを隠して。何日かして明らかに探した場所にドレッシングが置かれていたり。そういうことが、暫く時々ある。プリンターもそういうことだと思うんだよな。必要に思ったものが、いくら探しても出てこなくて、数日後に分かりやすい場所に置かれていたり。本当に時々あるのだ。とにかく、なのでスマホからコンビニのコピー機でデータを送って紙に出したりしている。USBメモリ からはPDF に変換しないとコンビニのコピー機では出せないのだな、確か。まだやってみていない。、と書いていて、外からもの凄いネコチャンの争う激しい声がする。いた~、と思うね。 幡野さんの写真の話、スマホからコピー機に出してみようかと思っているが、1つ1つしないといけないのは時間が掛かるし、迷惑だろうな。パソコンに転送するやり方、調べていない。私はスマホからパソコンに送るのはメールで送るやり方しか知らず、もの凄いそれだと時間が掛かるだろう。線でつなげば多分、楽なのだろうな。 胸の筋肉だった部分がだんだん、おっぱいみたいになってきている。武道館のジム

マイペース

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  旅に出てましたね。車で。行って良かった。今はスマホがあるし、カーナビもついているから、ほぼ迷うことがなかった。高速のETCでしか通れないところを行ってしまった失敗はあったけれど。その場所では一般がないそうで。後で請求書が送付される。ブッキングどっつこむ、でホテルの予約をしたのだが、その土地にしては安いし、駐車場も無料だ、と思って利用したら今の私には刺激の強い三次元ポケットから出てきそうな道具が枕元に置かれていたり。組織の人たちではあると思うが、はしゃぎながら若い女の子とおじいちゃんがホテルに入って行ったり。でも、嫌な感じがしなかったな。本当に楽しそうだったから。 皇居前に行って、テレビで観る所だー、と43歳のなんたらかんたらは思った。ギターケースの取っ手が壊れたので楽器屋に行きたかったのだけど、行かなくて正解だった。時間が掛かり過ぎる。ネットで観るのは何センチとか幅とかが書いてなくて買うのが恐いのだな。地元楽器屋の人はかばん屋に行けば直してくれるだろう、と言ったが1つ目の近所のかばん屋はできないということだった。電話で他のかばん屋に聞いてみよう。 さて、1週間に1回がっつり掃除をすることと、1週間に1回時間をかけて料理をすることにしようと思う。あとは野菜を中心に簡単な料理に。応援している、私自身に。好きなことしているけれど。がんばろー、と。

雨に雷。

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  ひたすらに、でも長続きしない。 だから、視る。かの地を。 ひたすらに、涙すればいいと思わず。 もう、それでは何も解決しない。 暗闇に光。 時間と道よ。 そうやって歩く。それが良いだろう。 時どきに前を向く。

眼を瞑る。

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  残る香りを放つ。脳裏に、匂う。 知り覚る。 それなら、身に付けたというなら。 本能がそうして起こったというなら。 視覚が訴えて、そのまま、 何かを感じ走るその時が。 針の痛みのようなとき。

夜に連続で風呂に入らなかったら、身体がいらいらしている。朝はシャワーを浴びている。

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  ときどき恐くなるのは、あの人やその人が、 観ていて、 思うことがあるということ。 心のエネルギーがストップして、我を見るとそれを思う。 しかし、とっくに始まっていて、わたしは生きているので。 私を生きる。 焦らないで、私の目線を確認して。 心は確かに弱いけれど、でも、 静かなとき、心が何を感じているのか。 大丈夫だ、お前は大丈夫だ、と、 今日は聴こえた。

いつか、自然な幸せを。

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  気を緩めたら、生活が荒れていた。まー、いいか、と思っていたら何かしら電源がオフに。今日は仕切り直して、貰ったじゃがいもでコロッケを作る予定だ。奮発して国産牛のミンチ肉を買った。辻仁成さんレシピでじゃがいもとミンチ肉の割合を同じくらいで。図書館でベトナム料理の本を2冊、にんにく、しょうが、ねぎ、唐辛子を使った料理の本を1冊、夏井いつきさんの句集を1冊借りている。これから暑くなるだろうから、ベトナム料理、食べたいね~。にんにくも、ばしばし食べたい。句集はぱらっとまだ捲った感じでしか見ていないが、あっさりした(本人のことよく知らないが)夏井さんの性格が出ている感じがした。最近観ていないが、俳句のプレバトでは語感を確かめさせて貰った。山田ズーニーさんがTwitterで言っていたが、絶対言語感に近いような物は、言葉の場合絶対に限られないが、あるな、というのをプレバトを幾つか観た振り返りとして思っている。ただ、基本の語感から様々に派生しているのが、人が使う言葉の歴史の長さから文化からあるのだろうなと。自分にも文章の好みはあるし。感謝をして、楽しもうと思う。 オフになっていて祈るのを忘れていて、今日は祈ろうと思っていたら、気持ちがいらいらしていて、今日は飲んでいい日で一杯だけ飲もうと思ってごくり、とした後、祈りのことを思い出した。しまったなー、と思って結構反省したが自分はそんな感じだな。ファジーで生きたい。ただ、大事なところは集中していたいが。おこられるけどね。そうだな、キリスト信仰の自分が大事だと思うところは、明確でいたいか。出来ていないから、それを目指すという感じ。人生と照らし合わせたら、奥が深いんだよな。

足元のできることをしていくのが、今の気持ちの基本。少しずつこなしていく。

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  詩を書こうと思ったが、書けなかった。詩情を灯すまでに行き着かず、そうではない日でも良い、と思った。23歳に初めて恩師に出会って。一番最初に会ったときに言ってくれたことが、殆どのヒントだった。そして、初めて小説を書いたのは何歳だったか。大阪文学学校に通信で通ったのが、28歳位だったか。ブログを始めたのが31歳くらいだったかな。22歳のときに夜中に苦しくて目が覚めて、吐き出すようにパソコンに書いたのが、歌詞で。いつだったか、ネットで襲われるように書かれた中で、友達が褒めていたよ、でも、歌詞としては短いなあ、とあったのを憶えていて。発狂したぜ、あのときは。今なら、どういうことか、分かるけれど。福祉の仕事に就いたのが、28歳のときで、できないことが多くて。かっこいいな、と思っていた人の真似をして前向きに仕事をしたのが、31歳の介護の仕事に転職をしたときで。しんどいなー、と思っていたら、グループ内で移動があって、病院に行って、同年代くらいも、おばちゃんたちも時どきいざこざがあっても、あっさりしていて。アトピーが酷かったなー。お酒もあほみたいに飲んでいた。ケアマネに1回落ちて、2回目で受かって。また、転職をしてケアマネの仕事に就いて。それくらいから、色々始まって。この頃が、ためにもなったけど苦しい頃で。でも、柑橘が美味しい種類があることを知ったのもこの頃で、貰った柑橘の美味しいことよ。たけのこも美味しかったなー。山ウドとか、きゅうりも美味いし。しかし、たまらず1年と4か月で転職。次の職場でも追い詰められて、無職に。無職になって、教会も変わって。ネットで色々あって。電子関係は殆ど流出するのだと、どういう風に伝わっているか知らないが分かって。小説を書いたが、何にもならなくて。ケアマネのときに詩の世界とネットで出会っていて。詩は書くことはあったが、本気ではないというか。小説がメインだと思っていたが、ネットの出会いにより、詩をよく書くようになって。詩人とゲームチェンジャーと聞こえてきたのが今は嬉しくて。認められたような感覚で。早く変わればいいのに、と思っているけれど、経済の問題があるから。というのは確かに世の中が歪んでしまうから、ゆっくり様子を見て対処しながら変えるのが現実的で。10兆円税金なしでくれたら、高層マンションを各県にバリアフリーのを幾つか建てて、オール電化でもよくて、年

ボンジョヴィのかつてのベーシストが亡くなった、とラジオで流れていた。

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  詩を読む、短い時間が好きだった。 今は生きていることを確かめるときが来ると、 それも好きで、 だから、生きる。 見つけるのだ楽しみを、 随分と、贅沢な時間を過ごしているのだから。 ー写真、詩、文章、小説、ブログー ギターが入っていないな。 楽しんで練習していないからだ。 楽しもう。 おじいさんになって弾けている人に。 小説を書いていて、生活の質が良くなり始めていたのだが、分かっていることだが、相変わらずそれが受け入れられないことを感じて。腐っていた。しかし、また始めようと思っている。生活や小説も。それがやりがい、大袈裟に言うと生きがい。ブログも世界と繋がるので生きていられる場所となる。写真もこれからで、とにかく楽しい。詰めていないからだと思う。そして、それでいい。買った本は写真でかなり説明されていて、まだぱっとしか見ていないが、分かりやすそう。幡野さんが勧めていた本。詩は時どき感情に深く繋がるときは、気持ちが身体に孕んでいる。気持ちが良いときだ。多かれ少なかれ、理性を含んだ気持ち、感情がそこにある。その表現の場所として詩があることはありがたい。感情を表現する技術もあることを。技術だけでないことは確かだと自分を思っている。小説は根気がいる。詩よりまだ、確かではなく拙いところもある。構成とか苦手だ。ネコガワクリステル、というファンタジーの長いのをいつか書いてみたい、と思っている。もうちょっと年を取ってからでもいい。ギターは運動神経が悪いのかな、と思っている。音の中に埋もれて、その音を出せばいい、といういい加減さのつけが今来ている。かっこよく弾けたら、かっこいいんだけどな。