夏から秋へ。まだ暑いけれどね。

 


生きることを楽しんで。

昔もらっていた愛に気づき、包まれて。

だから、気持ち良く生きることを。

人生を、色々あって。

愛することに期待をして。

傷ついて、

でも期待があって。

そんな風が吹いて、知らせを受け。

希望を愛していたら。


そんなにほんとにいい人間とは言えなかったが、何度も言うが努力はしたい。

でも、随分人生勉強をしたものだ、と思うのだが。だがしかしだが、対面という現実世界でそんなにいい人間でいられるだろうか。いたい。

結局、その努力をして現実世界で生きるのだろう。

生きたい。そして、美味しいものが食べたい。

人はパンだけで生きるのではない。

なので、温かい生きられ方ができたら。今日も生きてて良かったな~、と思える。

やりたいことがあるのだけれど、そういう普通なら準備をしないといけない現実的なことに触れていない。

どうやって、そういうことってできるんだろう、くらいのレベルで。

ただ、こういうことがあるという情報を知るくらいで。

そういう制度のことを知る専門家くらいの人がぱぱっとやってくれそうだ、くらいに思っている。仕組み自体はその制度のことを聞きながら、理想に近いことができたらという思いで。

今書きながら思ったのは、魁(さきがけ)未来塾のようなことを急に思いついた。既存の場所にある子ども、若者を送迎付きで未来塾の場所に呼んで未来のプログラムを受ける。絵が描きたい、農家に弟子入りしよう、音楽を知りたい、シンプルに学校の成績を上げたい。などもろもろ。小さい子は遊びを通して何かを感じてもらう、とか。勉強っぽくならない。

教育、はすごく興味があるところだ。小さいうちは特に勉強みたいのではなく、体感や遊び、また勉強っぽくなってしまうかもしれないが、地球や世界についての問題提起。こんなことがある、やばいよね、というような。勉強ではなくても、教育、のような。こんなすごいアーティスト、芸術家がいるんだ、この人のことを知ろう、とか。

くらいの妄想が始まった。

現実ではどうなるのかな。

今週一杯大したことをせずに、来週からやっていたことを始めたい。小説書けるかなー、と思っているのだけれど癖みたいに、あ、やばいわとなるとすぐに今回は断念しておこう。書けて、どんな小説ができるものか、行けるなら気持ちをちゃんと込めて。ずこ、とすべっちゃう小説になったりして。大した事ねえな、という。できる、の方で気持ちを上げていきたい。


1枚目の写真の真ん中にほんとに小さい黒の点があって、高く飛んでいた鳥で燕じゃないかなと思っている。

9月に入っている。秋には、やることはある程度やって、夜中に釣りに行く生活を暫くやってみようかと少しだけ思っている。日光過敏症だから夜中であることと、今の習慣はやることをまあやって、夕食にくりまんじゅうさんのように、晩酌をして落ち着くというだらだらするという生活になっている。それがなかなか気持ちが良いのだが、今年の秋は変えてみようかと。

ぶは~。

くりまんじゅうさんの一杯やったあとの、ぶは~、です。




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