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東京2日目。

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東京、上野で1泊の朝ムンク展があることを知る。朝から並ぶ、ゆく。画の点数が多い。冷笑的な、はいからに言うとシニカル感じがすごく良い。画の中のそういう作品が好きだった。しかし、東京すごいな。教科書に出て来るような画家たちの画がこんな同時にやってきている。さて。 東京駅か上野駅か忘れてしまったが、hard rock cafe があったのでコーヒーを1杯。高校時代はハードロックとメタルでほぼ育っている。私の初めての洋楽はbon jovi 大好きだった。あー、へっぺいでーえ、あーあー。wowwowの無料放送に流れるミュージックビデオ楽しみだった。 ざぎん、に到着。幡野さんの写真展が目的。嬉しいよな、旅に間接的にでも知り合う人の写真展に行くことができるのだから。まあ、おれの知り合いだから。と、思う。 とか、思いながらgoogleにビルの名前を言うと、まったく違うビルに到着。なんか違うぞ、と思って、ギャラリーの名称を言うと、違うビル。その時から大雨が降り始める。折り畳み傘を出して、またギャラリーを目指す。靴が濡れて、これは足がむれて臭くなるパターンだとか思いながら、心の中が、くそ馬鹿が、のモードになり始める。歩きやすい靴だが防水ではない。旅は防水の靴であっても良いかも知れない。結構本気でくそ、のモードになっていた。結果的にだが、1日目ユニクロの3足まとめ買いで靴下を買っていたのだが、そのおかげか、濡れたのだが蒸れることもなく、そのうち乾いて臭いもなかった。雑誌にモデルがユニクロの靴下を使用していて特別感を持っていたのを思い出す。優秀。 そのうち、到着。駅からもっと近かった。 きた。SNSで見た通り。 とても、よろしい。ただ、人がいる中で、写真の音を鳴らしながら、撮り過ぎたかも知れない。マナーはあったほうがよいな。結構、興奮していたかも。 うれしい。 写真を撮り終えたあとは、こころを落ち着けて、写真と言葉を見る。 ミーハーのようになってしまっているな。今、書いている気分ではこうなってしまう。優くんの色んな表情がよい。奥さんが撮った幡野さんと優くんの写真もよいな。優しい写真か。子供を持ってみたいな、と思う。そうなったら、私の心境はどう変わるだろうか。 ざぎんは雨。高いけれど、そのビルでカレーを食べた。お腹が減っていて、外の...

旅行1日目。

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11月9日、今日旅を終えた。 写真は行ってきます松山。午前6時くらいに起きる予定が9時起床。ぼけぼけして、松山駅に着き、11時35分くらいだかの出発。私らしい感じ。これも悪くない。 tokyo.ueno. 着いたのは18時40分。 幡野さんの写真店は19時までなのでこれはあかん、と思って、ぎりの時間帯のフェルメール展にゆく。 美術館到着。 フェルメールさんの画は数点しかないが、その前の画家たちの画も真面目に石原さとみさまの音声ガイドをまじめに聞きながら、進んでゆく。フェルメールの画に到着してからも思ったが、クリスチャンになっていると身近に感じることもある。聖書の画とかキリストの画が出て来るからの理由が大きいのだが。あの場面か、と思う。 説明ではフェルメールは光の使い方が上手いらしくて、それを聞くと、なるほど、と思う。 メインであろう、牛乳を注ぐ女は多分、有名な青、を使っているので締まった感じがする。よくよく見ておく。 私の1番の気に入りはリュートを調弦する女、で光の加減と女の病的な感じが気に入った。なるほど、こういう光の加減もあるのか、と思って気に入った。真珠の首飾りの女も光の加減は薄暗く病的で、女の方はその中で生きた感じがする。ちなみに私は今、いい気分になっている。ええじゃないか。 続いてtokyo2日目へ。

楽しみね。

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さあ、ひと段落したので、東北に旅行だ。今日は水回りを綺麗にして、ごみを出して。 今日怠けなければ、明日出発。途中、東京に降りる。フェルメール展に行きたく。 もう少し、清潔にしていないと、と最近はよく思う。いいかげんだから、だいたい汚れる。 また、すぐに太ったけれど、旅行中は気にしない。食べ過ぎもしないつもりだけれど。 ホテルを予約していないが、何とかなることにしよう。 私としては長めの旅にする。 だいたいのことを忘れて、旅を楽しむ。途中の列車と新幹線は、聖書と買った本を読む。本は3冊買った。 携帯、カメラの充電、持って行くなど忘れないように。 だいたいの今の自分のことを忘れよう、ぎこちなく、わざとらしくなったり、これが私の嫌われるところだな、とか思い浮かんだり、全て忘れて踏んだことのない、地を踏む。楽しもう。

今日は米屋でおにぎりと味噌汁

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私はパソコン、デジタル系に疎く、スマホで撮った写真をどうやって、正方形に近く直すのか分からない。ブログの背景も自分で撮った写真や猫さんの写真を全部入るようにしたいのだが、できない。色々、素敵な方法があるのだろうが。 昨日は久々に街まで歩いた。運動としてのウォーキングは、最近でもしていたが。街まで行くときは何か目的を持って歩く。その殆どは買い物になってしまうが。午前から歩いた場合は、デパ地下でおにぎりを2個とお茶を買って、どこかで食すことが多い。今回はジュンク堂近くの店で発芽玄米と八丁味噌を買う。近くの酒屋さんで醤油とかをチェックすることもある。八丁味噌はいつもの味噌と混ぜたり、赤だしにしてみようか、と思っている。さらに帰りにレトルトのカレーを買う。動画で、クミンと玉ねぎ、牛肉を叩いて挽肉状にしたものを炒めて、塩こしょうをしたものに、レトルトカレーを入れて、びーふかれー、と韓国語と英語で表記していたのを観てやってみたい、と思ったからだ。実際、煮込みとかスパイス具合もレトルトカレーの方が専門にやっているので、強みもあるかもしれない。炒めている時に、すりおろしにんにくと生姜も入れてもいいかも。やってみようと思っている。調理を簡単にしたいときに。 舐めたことを言って、あっさり審査で落とされる番組を観たことを思い出して、1日だけ胃がむかむかしていた。だが、もう心身ともに忘れようと思っている。 今日も図書館まで歩いてみようかと思ったが、近くの散歩位になるだろう。出汁の本があったら、借りてみたいと思った。和風だけでなく、洋風の野菜出汁とか、肉の出汁とか。もう、料理の本はコピーしたものがかなりあるので、そんなに沢山料理するんかい、と結局いつもは簡単な料理しかしないので、自戒をしていこうと思っているが。しかし、料理の本はわくわくするのだ。 昨日の歩きの帰り、若干痛めている左ひざに違和感が。屈伸とか準備運動をしてから、歩いた方がいいかも。運動としてのときは準備運動はしている。 時期が悪く腹も立っていたので言わないようにしておこう、と思っていたが、ずっと言いたく。あの、赤のイルミネーションのようなと言葉の降りる感じとか、私が高校生とかだったら、わっ、と見上げて見続けていたかもしれんな、と思っていた。妄想の中で私はマフラーをしていて肌の白い美少...

考えれば、良いゆとりか。

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今日、群像新人文学賞に郵送で応募した。2年前に応募した作品の原稿用紙換算枚数を見ると、今年書いた物と全く同じことにびっくりした。 気になる点は、最初の出だしは良いが、急に違う話を会話でし始めるような感じ。ずっとそうなので何回か読んでいると、そういう作品か、と思うことができる、ことにする。ただ、一番最初に始まるそれは、ん、とサラで読んだ時は思うかもしれない。これ、自分のことを全く知らない人だったら、どんな風に感じるのだろうか、と思う。それが分からない。流れで、引き込む事ができているのだろうか。今は客観的に見ることができない。いい、と思って1つしたことがあるが、小細工に見えるかもしれない。 良い点は表現が上達している。思いも込めている。時間が経つと込めることができていたか、と不安にもなるが。ただ、今の私としてやることはやったか、と思っている。最初に思っていたことはできなかった。それは今からの長い目で見た目標になるかも知れない。中々、難しいけれど。 書き始めたときは、だめになるだろうけれど、とにかくやったるか。だったけれど、評価されたい、受賞したい、認めて欲しい、道を切り開きたい、お願いしやす(本気)、今の私の世界を変えたい、わくわくしたい、知らなかった良い世界を知りたい。このままは、やっぱり嫌だ。 少し、気分を変えて、十分ゆとりだけれど、さらにゆとってから、よし、と思ったら公募ガイドを見て短い話とか楽しむを前提に考えるか。 結果的に2年前の作品と前編、後編みたいになっているな。 何やら気になるところを書いてみたが、恐ろしくなってきた。でも、よい、終わりじゃない。頼みます、願います。 今回は終わりだから、暫し忘れよう。

煩いと思う人はいるかもしれないが、夜の猫の争う時の声を聞くと落ち着く。やってるな、と思う。

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最近、ローなテンションのことが多い。ブログを楽しむ、より、書かねば、と書くことも。ほんの少し前はまた、嫌われてきたパターンに考えが陥り、一人でやられていた。今、思うと勝手にやられていろ、と思うが。脳はそういう癖として働くそうですね。 すぐ忘れるが、何となく浮かんで思っていたことを幾つか。 初めての介護の実習で、食事介助をしたとき。私はその人が意思、というか自分を保っていることに気付かなかった。リクライニングの車椅子で、食事を口に運んで、食べてくれないので無理に口に入れると、ぶっ、と私に吐きかけて、眼が悔しい気持ちと憎しみの籠ったような気持ちで、私を睨んだ。高齢の女性だった。 介護士の経験を経て、考えてみれば浅い経験だったが。ケアマネになり、朝によくリクライニングの車椅子に座っていた寝たきりの方に、話しかけて。最初はつん、とした表情だったが、ある日、とう、と言って登場してみたら、顔がぱあ、と明るくなったことを憶えている。単純に嬉しかった。とか、書くとあの時期を憶えていて、そういうこと以外はまだ思い出したくない。 私をそうしてくれた、出来事や人がいたように、人が明るい気持ちになると今は素直に嬉しい。思い出したが短いがそうではない時期があったことに気付く。 食べることについて。ある人に今は甘いものをあまり食べなくなった、と言ったことがあるが、考えてみれば、小腹が空いたらコンビニスイーツを買っているな、と思った。しかし、昔のようにめったやたら、甘いものを食べることはなくなった。ケーキ屋さんで買ってたりしたのだよな。 食事は太らないようにを今は特に意識しているので、胃が何か月か前かより小さくなった気がする。体重はさほど落ちていない。食べることへのマインドが今のところ落ち着いているので、味噌汁とご飯、と何かのような気持であるが、はっちゃけてみたい、という気持ちもある。うひょお、とパスタを作り、大きなフライパンで肉を焼き、焼き肉のたれをぶちかける。暫く恐くてパスタを作っていない。好きなのに。先月1㎏体重が落ちて今月もさらに、と思ったが難しそうだ。現状を維持。 ブログについて。初めてブログを開始して、人の眼に結構に晒されているのにも気付かなかったが、人への文句が少なかったことに今から見ても、良かったし、驚きもある。やってしまったこともあるし、むしろ気付いてか...

秋刀魚の塩焼きをフライパンで焼く方法を今日の料理ビキナーズを観てまずそうしている。小麦粉を薄く使うが。

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読んでいなかった記事を読んだ。それぞれの誠実と心があった。心が静まって行くのが分かった。実直な誇りもあって、聡明だった。 続けて一度読んだ記事を読んだ。同じ様に心地が良くて、すまない、と思った。 その一時をただ味わうだけにして、暫くそうしていた。 昨日、遅く読んでいなかった幡野さんの本を読み終えて、最後の方の箇所に気持ちが強く乗っていて、少しの興奮した状態の様になった。続けて、かもさんの本を読んで気持ちが落ち着いて来て、単純に面白かった。そして、嬉しかった。 私はまだまだ、のらでよく眠る。ほっといたら、すごいことになる。ただ、今のところバランスだけは崩れていない。書き物も少しずつしかしていないのに、そこに目的があって生活が安定している。変わったな、と思う事もある。それは暫く現実に直面していないからかも知れない。変わらず持つ自分の悪い物もあるのは、分かっている。それはうまく何処かで厠へ流しておきたいものだと思う。人の迷惑にならないよう。また、うじうじと書いてしまうものだな。残念ながら性格だ。