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「取材・執筆・推敲」

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  朝起きてApe で作業することが多くなっている。過去に読んでいた本を実家から持ち出して、読んだり、メモしたり。読みかけの本をまた読んで、メモしたり。気になったことをメモをしたことを、他者に観られない形でブログにしておきたい、と思うが今のところ、流出するのか。そろそろ、やめにしてくれないか。 あとは、若松英輔さんが言っていたこと、同じようなことを古賀史健さんが本に書いていたことを、またブログにして自分だけのために観ることができるようにしたいが、暫くできないか、と思ったが、するかもな。一応、自分だけが観られる設定にして。 自分のやり方をネットでは公に発表しようとは思わないな。自分なりにやってきたことだから。それなりの思いがある。 というところで、古賀史健さんの「取材・執筆・推敲」について、小説を書く、という観点から簡単に思ったこと。ライターのための本なのだけどね。 古賀さんも若松英輔さんも言っていたことは、かなり有効だと思っている。そうして、その言葉が自分の身体を作って行く。 感情の翻訳、はいいな、したいな、と思う。人に見られる形ではなくでも、ブログにしてスマホで寝転んで気軽に観れるようにしてみたい。まずはノートにその思いが溢れたときに、書きつけて。遠出のウオーキングのときとかに。そういうことに慣れてみたい。 起承転結のほんとに分かりやすい、4コマは、起承転結のことが実はあいまいだった、自分に結構なイメージとしてそれを与えてくれた。ああいうのが、少なくとも自分には形作る基本になることがよくある。そこから、色々同期して行って膨らみが出てくるのだ。私は、基本がシンプルなのだ。でも、妄想で感じることは他の動画で観る人も、基本の考え方がシンプルだったりするような気がするのだが、勝手な感じ方で。人によるだろうけど。 話としては起転承結へ続く、流れの章のページだけど。自分にはまる基本。 そして、シークエンスのところだな。私は短い小説なら少し書くことに慣れている。ずっと書いていないから、今どうなんだろ、とは思うのだが。それと、プロットほどのプロットは書かないが、流れを書くよな。それぞれのカット、若しくはシーンとして。そこを、シークエンスで書いてみる、ということ。本では絵本の桃太郎の話なので、シンプルになっている。しかし、小説もこれくらいでもいい。そこから、考え、創造力を孕...

和風カレーライス

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八月三十日、 からりとした印象の夏後半。 日差しは強く、それでも部屋にいると、 風が入り、物思いにもふける。 一般にそういう物思いは秋に多いという、とまた思う。 道通りの桜の葉を見上げると、黄色く一部枯れている。 夏の暑さを避けていたから、そのつらいことを知らないが、 暑かっただろう。 私は扇風機にあたって詩を書く。 物思いに少しばかり、ふけっている。 海の水に足を浸そうかと思っている。 随分、平和な詩を書いている。しかし、現時点時間を見ると、もう午後5時28分だ。時間が経つのは早い。今日は活動をそれなりにしている。天気が良いとやはり、洗濯物が乾くのでありがたい。余裕のある生活は本当に楽だ。精神的にがくっと来ることも、近日では少ない。また、そのうち来るだろうけど。病的な方ではなくて、単にがくっとくるやつ。病的な方は自覚しているが、その状態になっているときは気付かない。でも、世間的なやつでかなり、いろんなことを思ったし、その先の明るいところを何となく感じて、どこかに明かりがあることを感覚として信じ始めている。人間的な灯りがあるところ。暗いところもあれば、明るいところもある。 今日の車椅子バスケは楽しかった。スペイン戦は観ていなかったけれど、カナダ戦のときにシュートが入りづらかった香西選手が3ポイントシュートをばしっと決めて、2回決めて、気付いたのが観ていても3ポイントシュートは気持ちがいいということ。そして、チーム自体に個々の能力が働いていたこと。少なくともそれに私が気付いたこと。カナダ戦では鳥海選手の運動能力に目が行っていたけれど、それぞれの特性に私も少しは気付いたな。 鳥海選手昔テレビで観たあの男の子だよな。凄い前向きで感動したあの。香西選手も出ていた。憶えている。私は時間があるから、車椅子バスケ追っていきたいと思っている。正直、カナダ戦より面白かった。 今日の夕食はキューライスさんのひとり事から、和風カレーライス、だな。昆布とカツオの出汁は使うことがあるけれど、ここでのポイントはラードを使うところだな。昆布は水に浸けてある。

晴れている。

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  波立てぬ、静けさの朝 朝の風 涼しく吹く扇風機の風 コップ一杯の水 つくつくぼうしの声 秋もまた、どこからか声はして 暑く昼間の公園に 子供のいぬ明るさ。 こうやって、時は経って わたしもそこに流るとして 年をとって 何か思って生きて、 この命を味がして 一時、幸せを幸せと感じて。 昼間は暑くて外に出ている人がほとんどいませんでした。私は自然なやる気が出ています。地味に。ご飯食べた後すぐに皿洗いをしたり。思うのだけど、カレーは好きだけれど結構台所がいろいろ汚れるかなと。要するにカレー粉を溢したりしているのかな。最近、朝をちゃんと起きていて、今日は冷蔵庫にある残り物とかを朝食にしっかり食べてしまったので、昼は冷麺食べたし、夜は少なくだな。夕食は、姉に貰った冷製のじゃがいものスープの残りと、ご飯と納豆ねぎ卵を混ぜたやつと、オクラを茹でてマヨネーズと食べるのだな。ご飯は白飯と玄米を半々にしているか、白飯ともち麦を半々にして炊いている。 夏は畳の部屋に薄い敷くニトリの何て言うのかを敷いて寝ていて、寝る部屋は掃除をして枕元に家にあったバイロンの詩集と14歳からの哲学を置いて本当に少しずつ読んでいる。14歳からの哲学は読んだことはあるが、いつかの前に100分で名著だったか番組でやっていて、もう一度読もうと思っていた。バイロン詩集は古い本なので、訳し方が味があるのだな。詩自身もそういうことなのだろうが。 今回の詩、わずかにだけ文語っぽくやってみようと思ったが、よく知らないのに、そりゃできないな。文語の分かりやすい使い方とか、古い本の言葉使いけっこう好きだ。 ずっと、缶コーヒーを買うか、インスタントコーヒーをお湯で溶かして氷に入れて飲んでいたので、そろそろコーヒー豆を買おうかな、と思うな。夏の間の冷えたコーヒーを美味しいコーヒーで飲んでやろうかと。Ape でもがっつり飲んでいるのだが。 何日かの前に太陽市で買った黄色い花が枯れてしまっている。黄色い花、かわいいなあ、と思っていた。掃除もちゃんとしているから、近くの花屋さんでまた、切り花を買おう。

良い感じ。

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  力を抜いて、思いわずらいの気を抜くようにして。 猫背だから、腹に脂肪が溜まりやすいのだと、 背に緊張をもたらすのだが、気がほぐれて、 いつもすぐに前にのめり、顔も斜め下に。 適当というと確かに適当に 詩を書いていて、書くことがおおくて。 今日詩を書く人の その世界を知ると、 いつからか、わたしも、その世界に入って。 読むと自分のやることに恥じらいを感じたが、 その人の世界に入って行くと、私もまた、 世界に入ることをして。それをできて。 それは、静けさ、 それは、どこか寂しさで、 生きるという、やさしさのことを。 そういう風にこの時間が訪れたことに感謝をしている。 テレビで又吉直樹さんが出ていて、その話を聞いていると勝手にだが文学作品を読んでいるなーというのを本当に勝手に感じて。そういえば、ある時期から詩は見ることもあるが、文学作品を読んでいない、と思った。本も読んでいるがだいたい考えが書いている本とかで。今、ちゃんと読んでいるのは犬養道子さんの新約聖書物語とニーチェの本だ。ここに、遠藤周作を持ってこようと思う。若松英輔さんが書いていたこと、やってみようかな、とかなり本気で思っている。一番いいのはパソコンを使うとスマホでもよく見るので良いのだが、私のはどこまでか分かっていないが流出するので、ノートかなあと思うがパソコン使うかもな。 NHK出版の考える教室~大人のための哲学入門 若松英輔著にその提案が書いてあります。しかし、ちゃんと起きて生活をしていると気持ちがいい。

今日のこと。月曜日。

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  今日は起きるのが早くて、時間が沢山に感じる日だった。朝は釣りに行って、壁から海岸の浅い方を見ると、ちぬがいて車から降りてそれなりに歩くところだったので、太いラインでバイオワームを付けた竿の用意しかしていなく。投げてみるとぽちゃりと遠く目の方に投げたのだが、そっちにちぬが走ったときは面白かったが、食わなかった。上手い人だとこういうの逃さないのだろうな。ちぬは早朝海を見ているとこれまで、よく見かけている。浅いところにいるのを見る。竿なしのときが多いが。 昨夜寝て、4時に起きて薬を飲んでそのまま車に乗って釣りに出かけていたので、眠気が来てそのちぬの体験だけして、帰る。帰って1時間寝たらすっきりして、Ape で本を読む。愛媛もコロナに注意しなくてはいけないので、どうするかとそろそろ考えるべきだろうか。ワクチン早く打たなければ。 しかし、確かに優雅な生活を送っているが、そんな中、自分の血と肉とになることも、しておきたい。でもそれをがっつりやると、私はへなー、となってしなくなる。そういう耐久性の地盤があやしい。また、しなくなっていたギターと英語も始めている。ギターはプロじゃなくても、なんでミスしないんだろ、って思うけれど練習しているのだよな。時間があるのに30分の練習をしたりしなかったりだと、そんなものか。何処を弾いているか、ミスしないようにイメージしてはなるべく練習しているが。あこがれを忘れてはいかん。 昼はアプリの塩ジャージャー麺を作った。美味しかったな。生麵のうどんの選択も良かった。 午後は買い出しだな。久しぶりにドン・キホーテでトマトジュースを8本買った。トマトジュースも時々で、いいか。A-PRICE にピータンがあったのが嬉しかった。もちろん買った。太陽市でレモンを買って、明日にレモンシロップを作る予定だ。 夕食は昨日のモロヘイヤ餃子の残りとスープとご飯だ。お米も食べた方が他のものを食べ過ぎないかな、と思って最近は夜も食べるな。今日に関して言えば、そんなに動いていないのにやはり食べているなと思っている。お昼のうどんの量を半分にした方がいいかな。 武道館のジムはコロナのことで控えているな、Ape には行っているが。 自分は焦りやすい性格なので人と話すときは、落ち着いて話せるようにしたい。行けるときは、肝が据わっているときもあるのだが、焦るときはあるな。若かり...

なるようになるという時間。

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  実家のモロヘイヤを千切って持って帰るのだが、ちゃんとしたモロヘイヤがメインとなった料理に使わねば、という意識があって使うのに躊躇していたが。冷麺の麺を茹でる時にさっと入れて、茹でて冷麺の横に添えたり、めんつゆの味付けのスクランブルエッグに入れたりとか。ただごま油で炒めるとか、考えないで使って、十分おいしい満足感がある。スープや味噌汁に入れるだけとか。ただ、1回はモロヘイヤの餃子を作っておこう。クックパッドのレシピでは蒸す餃子だが、焼き餃子で美味しい。私は焼いた方が好きだな。 カメラはオートバランスをめい一杯左にしてみたら、昨日の写真だけど思ったより綺麗に写る。天候の具合とか色々あるのだろうけど。 話聞いてみようかな、と思っているが踏み込めない。1か月無料で期限前に解約すれば無料のままらしいのだが。幡野さんの写真の話が聞いてみたい。 カメラはじめます! という漫画で説明してくれる本が分かりやすくて、それから、ほぼAで撮っている。Sは使うことは殆どなく、漫画を読む前は動くものは連写で撮っていた。 色々機能があるが、殆ど使いこなせていなく、Fn キーは便利だな、とやっと思うようになってきたレベルだ。 今日の午前は小さな川の河口でお母さんと子どもが足を水に入れていて、気持ちよさそうだなー、というのを見て平和な時間を過ごしていた。 色々な思いが出てはくるのだけれど、本を読んだとおり、それって思うことで何か解決するの? と思うようにしている。かなり、平和な今があるわけだから。

涼しくなったら、歩いて美術館に行きたい。

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  ぐらっとしていたのが、なくなった。不安になりながら、不安も楽しんでいたが、ない方がいい。上の写真はこの場合もうちょっと猫さんがくっきりしていた方がいいのか。いつもじゃないけど、そういうことも思ったりしながら、絵とか写真を見るのが楽しい。考察が色々あったり、深みに入ると難しいが、最初の直感的なことが結構大切なこともあるだろう。プロの人の話はありがたい。田中泰延さんが確か美味しいラーメンを作る店は美味しいラーメンを食べている。まずいラーメン屋はまずいラーメンしか食べていない、と言っていた。以前、仕事で一緒だった人に言われたのは、美味しいお弁当を作る人は、美味しいものを食べている、と言われて。そうなんだよなー、と思っている。人と同じ様なことが嫌な人も、世界は広いから美味しいものが、様々にはあるからそういう方向で行けば良いのか。 パソコンに慣れていない人は手書きの方が、気持ちが入りやすくて、パソコンに慣れていればパソコンを打って気持ちが入ることができる、という話も田中泰延さんからの話だった筈だ。 茂木健一郎さんが言うクオリアのこと。憶えが正確ではないかも知れないが、絵や写真や文学などにおいて、多数の人が良いと感じるどこか共通の感覚。何か感じているその感覚。それを分析できる人もいるだろうか。 しかし、考えてみればすごいよな、今の自分の知識とか本も読むけどTwitterにあった記事とか、動画とか、もちろん出所は警戒とか確かめておいた方がいいけれど、それで積まれていったものも多いのだ。ネットでちゃんとしたところから、情報も得ることができる。 時々思うのは、色々な良い情報に触れて、同じことでも考察が違うが共通点があるとか、自分にとってはその同じ情報ならこっちの方がやりやすい、考えやすいとか、あるなあ、と思って。そういうのが編まれて行って自分のものになって行くのかなー、と思ったな。そういうことだろうな。