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JETBOOK作戦

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  児童養護施設の子どもたちにあなたの最高の1冊を|JETBOOK作戦 で検索してみて。3000円から支援できます。 若松英輔さんからのTwitterで知りました。今日の午後11時までです。 自分のいいかな、と思った本を選んでみては。支援後、メールが来て良いと思った本を書き込んで送り返すことになります。 自分は本のおかげで知らないことなど、知ることができました。味わいとか、何かをするためのやり方とか考え方とか。小さい頃の読む、絵本も大人になっても感じることがあったり、読んでおいて良かった本です。大切なことも教えてくれるでしょう。 どうでしょう、そんな灯りを子どもたちに渡しておくのも良いかも知れません。 いかがでしょう。

どうしても色々思う。

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  過去を振り返ることで思う。 残念なことに、気は難しくて、 いざ、 という時に気持ちが一面に染まる。 ただ、今は時間があって、 そういうことについて、気付いてはいる。 いつ出るのかな、と思いはするが、一応年齢を積み重ねていて。 写真に切り取った画は、そこだけのことにしておいて、 気付いたら、様々な情景に足の半分染まっていた。 自分には何が必要だろう、と思って、 愛されることを感じるのは適度でいいし、十分に知った。大体すぐに忘れて、 でも、積まれている。 思い出も身体の一部を作ってはいるが、 生きること、感じることだろうか。 結局、愛も希望も思い出もそこに含まれていて、 時々、不安が病的に誘うけれど、 穏やかに、健やかに暮らして、 生きていることを感じたい。 色々あるのだけれど、 いいところもある。 忘れて消えて行く思いもあるけれど、 現象が起こって、なくなり始めて。 何処かにしまっておくのかな、 私の心は。 今日、曳かれた子猫を見捨てていったように、 そういうこだわりは、忘れて行く。 命だから、終わりが来ると思って。 そう思っている。 それまで、自分なりに生きて、 そして、どういう風に、生きて、 健康的な親のコメントをする芸能人を観て、大好きだ。 明るくまず生きたい。 (情景~情報に染まってですね。) (写真に切り取った画~様々な情報ですね。)

夜蛍(よるぼたる)

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  夜、雨が上がって濡れた町は 静かで。 今夜は眠ることができないだろう、と思って 道を歩く。 蛍が光っていて、でも少ないと、思っていると。 目の前を。やはり蛍が飛ぶ様を 表現すると、ふわり、と表わすのがよいだろう。 とても、優しく、ふわり、と目の前を飛んで、 少しずつ、そして去っていく。 はかない命を灯して、 今日、この季節を生きるそのさまを。 おい、蛍。わたしの今夜に明かりを。 今日は好きなだけ起きていていいのだと、 眠れない今日を、そう思うことにしている。 やはりカメラは買いたいです。何かいい写真が撮れることを妄想するとわくわくします。知識は赤ちゃんに産毛が生えた程度ですが。ちょっと表現を優しくしてみました。もっと稚拙な表現をよくしていたと思います。勢いが今はないですね。自分の気持ちにそれなりに正直な丁寧な表現ができたらと。本当に想像もしていなかったですよ。こんな現在があることに。心配していた、ばあちゃんや母さんに何といえばよいのか。あとは馬鹿みたいな生き方はしません、と言って。もしそうならよく我慢してくれたなと。昔、漫画の釣りバカ日誌ではまちゃんのエピソードとして、両親にご挨拶する場面だったかなあ。奥さんの名前は忘れたけれど、~さんを幸せにする自信はありませんが、僕が幸せになる自信はあります、のようなことを言っていた筈で。平社員だが幸せな生活をしていた。さて、私はどうなるのか。今の段階でカメラを買いたい、などと言っているし、ある程度は経済力は欲しい。まだ四次元で生きている感じだが、人としてずっと一人では嫌だ。いい話がきけるな、というのは気持ちが整う。センチメンタルになったら詩を書けばいい。散歩をするときにはカメラを携えたい。リュックにはペンとノートを。水筒にはコーヒーを。本が読みたければ本も。晴れた日には洗濯をして。忘れないように憧れのギターを。英語を話す友達を。失くした思い出には色を付けて。これからの人たちには元気を。これからもし共にする人がいるなら、他人であることに尊重を。また、何げない気遣いを。そして、適度な生活に喜びを。幸せを、呼び込む風を時々窓を開けて、潤いを。色々とにかく幸せを。お願いします。

詩集かな。

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  もう蛍の季節になっていた。時間が遅かったから、あんまりは撮れなかった。一応住宅街で感じが悪いだろうから。書こうと思ったけれど、やる気がなくなってきた。ああ、そうだ。クラウドファンディングで最高の一冊をというの、5月いっぱいだから早く何にするか決めないと。出会った初めての詩集は昔のリルケの詩集だけれど、子どもたちには向いていないかな、と。そんなこともないのかな。安田菜津紀さんの本なかなかいいな、と思って、子どもたちにいいかな、と思ったのと、ルドルフとイッパイアッテナも思い出の本だ。人生に何か感じるのは、安田菜津紀さんの本か。それなら詩集もいいのか。自分にとってのだから、本屋で子どもにもよさそうなリルケの詩集があるとか。星野道夫さんの本は中学生くらいからか。絵本を安田菜津紀さんのも良さそうだ。アンパンマンはあるだろうし。何か、子どものころに本を読んで感じて、大きくなったときに思い出すとか、それが発展するとか。人生の目的のかけらの一つになるとか。とにかく、自分にとっての最高の中の一つということになる。そこだな、早く決めんとな。そんなに思い付かない。まともに本を読み始めたの、25,6歳くらいだからな。

ごちゃごちゃな思いになっているので、きっかけは興奮して眠れなくなってからだ。いつもそういう感じで、そういうものか。

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  眠り過ぎて、詩情があったと思ったら、閉店30分の店でアイスコーヒーを飲んでいて、30分の間に詩を書こうと。そうか、わたしはこうか、と。メニュー表にはしっかり閉店時間が記載されている。遊ぶと決めていた日に、眠って現実を逃避して。言葉にはこんないい加減なことを書いているが、それでも感謝していて。眠って感謝してぬくぬくと。半分が自分のもので、半分が引き出された現象でそう思って、生きているのでそういうことに感謝して。恥をよくかいて、そのときは心臓の動きがはっきりとわかるくらいに、音が聞こえて。もてようとは思っていない、と自分をなだめている。恥をかいても受け入れてくれる環境があるなら。もう、それでいい。いつか、またそれなりにプライドがあったなら、こういうことを思い出して。なさけないへこへこしたのは嫌だが、それで受け入れてくれる環境に感謝して。顔とかよく気にしていて、今でもそういうのを気にするが。ある人がコンシャスに近い発音の英語を投げかけて。わたしはそういうことを気にしていたのだ。母親もそういうことを気にしていたことがあったみたいで、わたしにそうじゃない、と言って。そういうこともそろそろ、小さい頃気にしなかったように。いろいろごつごつしているのに。見かけだけではなく、かっこうがいい人を見ると、今でも少しだけ嫉妬するが。そういうところがあるのだなと自覚をして。なさけないな、と思いながら。命のことは心の内にそっと両手で置いていて。不出来な人間であることをもう認めて。ただ自分で確かめて置いたのだから、それは忘れずにあることを。わたしはそこまでではないな、と。思っているが、少しは知ったことに感謝して。生き方も少しは変わった。向こう側の世界があることを感じて、もう信じている。どういうことか、その時までは知ることもないのだろう。じゃあ、こっちの世界は。のんびりやって行こう。のんびり行おう。時々、変わらず嘆いて。すっきりして。ああ、良かったな、とそういう時が来たらいいね、とあの人が言ったように。そういうことがあるように、そうであるように。食べること以外にも明日、また遊ぶ予定だ。思い付かないが。 ヤマダ電機に行ってみて、SONYのカメラは基本的な操作は同じようだと確認。本気で買いたい、と思ったら買おう。色々まわってみよう。

勢いがでれば、明日は懐石料理を食べる。多分、食べないだろうが。懐石料理ってお昼だったら、どこがやっているのか。さすがに、一人で食べるのも。

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  雨が強い日は、何かしようとおもっても、嫌んなって。もういい、と思って。 いいことをするのだ。これでええのだ、と思っている。 よくやったぜ、と自分をほめることにして。つまり、だから、そうなので、 アイビーで夕食をとるのだ。 昼食はモスバーガーで鯛とレモンが、おれたちがついているぜ、と心強く。おいしいねえ、とこれもほめて。ほんとうだよ、とあっさりした両名にカツっと歯をあてた。 今日はそういう日だ。 アイビーに着いて、詩を書くのだが、報告になっていて。 では気持ちは、と自分に問うと、 気持ちがいいと返ってくる。 人が少なくて、ジャズが流れて、食器の音がここちよく時々鳴っていて。 今日は窓から見える景色も海の景色も、雨に濡れていて、 せわしく、こころがあちこちに働いていたのが、凪いでいる。 焦らないでまた、生活をして、ほどほどにはして、でも、 とても気持ちがいい、とわたしが言っている。 強い雨は窓から、海がそれでも静かにいて。 わたしもだ。今、このときは。 カレーにするか、ピッツアにするか楽しみだ。 そして、カレーを食べて。 それは確信に近いかたちで、記憶のどこかに、 どこか真ん中あたりに、本当に優しい人なのだと そう思っている。私にはそういう温度をまだ感じて。 本当にもそうだと。動く勇気はないのだが、そう思って暫く生きて美味しいもの食べて、 少しは運動をして、そう思って生活をしようと思っている。生活を送るのだ。 (明日もほどほどに遊びます。何をするかは明日の気分次第で。気持ちとかなんか、ようわからんなっています。心の誠実なところでは思い出があるのです。そして、やっぱり本当に優しい人なのです。本当の魅力がある優しいを持っている人なのです。それは心に灯っている温度としてあるのです。本当です。よ。) 出会ったのかなあ。 でも、そういうこと以外、よくは知らない。 無責任で相手のことを考えていない。勇気はもうない。そうやって、思ったりするだけの現在。 明日、遊ぶぞ!

生活のバランスが変化。この変化をどう良い変化にしていくか。

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  この猫さん、以前ねこのかいわで塀の上にいたのをぱしゃぱしゃと何枚かカメラで撮っていた猫さんで、その後しばらく他を撮っていたのだが。帰りに何となく出口周辺を撮っていると、すっと、出てきて、なんか私を意識している気がしたのだな。注目されていたのが、気になって、興味があって出てきたのだろうか、と私としては思っている。 ぐうたらな生活ではいけない、と思って、ちゃんと祈りの時間を持って、暫く祈ってから、ここ何週間はやることをやれていたのだが。また、ぐうたらになりそうになっている。まだ、なってはいないが。明日、また暫く祈りの時間を持って、やるべきことができますように、積み重ねて積んで、身体に滲み込んでいきますようになど、祈ろうと思っている。続けることがまず目標でさらに実際に積んでいかないといけないな。ぼっとしていたら、時間はすぎてゆく。そうやって、聞いていたら、ストイックなやつだな、と思うかもだが。時間があって、のんびりして、仕事をしていたら、半ドンくらいの稼働時間だ。そろそろ、釣りも行きたいし、遊びも取り入れる。一人の遊びだが。一人に慣れて、これくらいが、ちょうど良いになり始めているが、人慣れもしないと、と思うが孤独を感じないときのこの一人に時間は心地よいになっている。インターネット、と教会があるし、人と接する時間はあって、人とのことを感触を忘れはしていない。SNSはちょっと中毒みたいでいかんな、と思いもするが。Twitterをぐるぐる、誰か新しいこと書いていないか、と探している。何を取り入れていけば、それの代わりになるか、時々ちょっとだけ考える。 自分だけのために、思っていることを実際に書いて、何を本当に思っているかを確認してみようと思うが、いつにか、ノートにそれを書いてみたが、そんなに悪いことは出てこなかった。本当の思いになったら、結構私は誠実なこと考えているのだな、と書いて思った。女性関係のことではなくて。ただ、ノートさえも露わにされているのだか、どうだかなので、あんまりしないな。ちょっとな、とか普段は思っていたりするのだが。 そうだ、コーヒー豆のハラールの表現が正確ではなかったので、今どうだったかなと味を思い出すと、口当たりのちょうど良く何かある感じと、すっきりさの味と香りかな。物書きなのでいつかそのつもりで、よく味わってレポートしてみようか。いや、そこま...